シェリーは、相変わらずマイペースにゆっくりと歩いた。しかし、来客が途絶えた後は、疲れたようにのっそりと歩いているようにも感じる。

 仲西青年が縁側の花壇に水を巻けば、老犬は相変わらず、ついでとばかりに軽い足取りで向かい、何食わぬ顔で萬狩の後ろを楽しげに追いかける癖に、彼の足元で眠っている時間は、少しずつ確実に増えていた。

「なんだ、疲れたのか」

 萬狩がそう問い掛ければ、シェリーは「ふわん」と上機嫌に鳴いて尻尾を振った。

 けれど彼女は、萬狩がピアノを終えても、足元からしばらく動こうとはしなかった。彼も結局のところ、他にするべき事へ心が向かず、ずっとピアノの部屋にいた。『エリーゼのため』の曲を弾き、そこで本を読み、過ぎる時間を数えては、シェリーが起きてくれるまで煙草を吸いに行くタミングを待った。

 仲西青年は、シェリーの筋肉量が若干落ちているらしい事を気にしていた。仲村渠は、季節の変わり目もあるだろうとは言ったが、後にこっそり萬狩を呼んで「何か気になる事があれば、すぐに連絡を下さい」と、プライベートの携帯番号を教えた。

 誰もが、ハッキリとしないような違和感を覚えたまま、それ以上の大きな変化もなく、九月は平穏に過ぎていった。

       ※※※
             
 十月中旬の月曜日。

 早朝一番から萬狩は、久しぶりにスーツを着込んだ。

 萬狩がちょうど支度を整えた午前八時、早い時間にも関わらず、先日に声を掛けていた仲村渠獣医と、仲西青年、古賀が彼の家に集まった。

 仲西は萬狩を見るなり、目を丸くして開口一番にこう言った。

「うわ、萬狩さんって、スーツだとイメージ変わりますねぇ」
「どういう意味だ」