しばし就寝した後、彼女は、きっかり午後の三時にリビングへ戻ってきて、『説明書の資料』通り間食をとった。その後はピアノの楽譜が置かれてある棚の前で丸くなって眠り、夕方には点検するように各部屋を回り、縁側の前でうつ伏せになって外の景色を眺めていた。景色を眺めている間は気分がいいのか、優雅な尻尾で床を左右に擦っていた。

 萬狩はというと、朝は珈琲をやりながら新聞とニュース番組を眺め、窓から入ってくる風の心地良さにソファの上でしばし仮眠を取り、午後にはパソコンを使って少し仕事を行い、大半は読書をして過ごした。勿論、煙草は外で吸う事を心掛けていた。

 持ってきた書籍は大半が未読のものだったので、暇を潰すにはもってこいだった。まだ老眼に入っていない萬狩は、若い頃に読書を楽しめなかったせいか、実を言うと取締役を退いてからというもの、目新しい小さな楽しみの一つとなっていたのだった。

        ※※※

 入居して二日目、シェリーが書斎室へやってきて、沢山の本がつまった新しい書棚を、しばし不思議そうに眺めた。棚の一番下には大型の書物を詰めていたのだが、シェリーがあまりにも匂いを嗅ぐものだから、萬狩は「それは楽譜ではないぞ」と指摘した。

 けれど指摘してすぐ、彼は、犬に向かって俺は何を言っているんだと馬鹿らしくなった。シェリーは、まるで言葉を理解したかのように彼を振り返って、それから、いつものような足取りでゆっくりと書斎を出ていった。

 新しい土地での暮らしが始まって、一週間が過ぎた月曜日、入居の際に知らされていた獣医の訪問検診が午前中にあり、少し時間を置いて専門の配達業者が、ペットフードとペットの生活用品を届けにやって来た。