彼はまどろみの中、深夜に一度だけ薄らと覚醒したのだが、結局は夢を思い出す間もないまま、再び心地良い眠りを噛みしめてしまい、次に浅い覚醒を迎えた時には、すっかり内容は思い出せなくなっていた。

 二回目の睡眠で夢は見なかったが、深夜に見た短い夢は、まるで古い人間が故郷の匂いを嗅ぎ、風に触れ、肌に染みついた暖かさに目を細めるような、おぼろげだが不思議な印象を彼の胸に残していた。それが何だったのか覚えていない事が、少しだけ残念でならなかった。

 パチリと目が覚めて、萬狩は時刻を確認した。

 起きるには早い時間帯だったので、萬狩は、心地よさそうに籠の中で眠るシェリーの姿を確認してから、もう一度だけ寝直す事にした。

 再びベッドに潜り込んだ浅い眠りの中で、彼は、また夢を見た。今度は、元妻と息子達が出てきた。彼らは口を閉ざしたまま、何を言う訳でもなく、夢の中の萬狩を見つめていた。

 なんだ、どうした。

 微動にもしない彼らに、萬狩は夢の中で問い掛けた。けれど、三人は何か言いたそうにしながらも、引き続き黙っているばかりだった。

 話してくれないと、何も分からない。

 お前達は、何か俺に言いたい事でもあるのか。

 そう夢の中で口にした萬狩は、「ああ、そうか」と唐突に気がついた。話す事は、こんなにも必要で大事だったのかと、遅れて理解する。

 考えてみれば俺は、初めて子供が産まれた時、誰よりも嬉しかったのだ。それを、お前達に話した事はあっただろうか。

 夢を見ていたのは、きっと浅い眠りの中の、数秒の間の出来事だったに違いない。次の覚醒と共に三人の顔は霞み、萬狩の脳裏から消えていった。

 感傷に耽りかけた萬狩は、しかし、聴覚に飛び込んできた物音に反射的に目を見開いた。老犬と俺しかいないはずの寝室に、誰かがいるッ。