「……そういえば、彼のペンネームを知らないな」

 先日の海の一件の別れ際、古賀は「あの作品を見たら絶対ぼくなんかにイメージが辿り着きませんからッ確認してみて下さいよドン引きますから!」と一呼吸で捲くし立てていたが、一人パニック状態になっていた古賀は、うっかりペンネームを教える事を忘れている事に、萬狩は遅れて気付いた。

 筆名やタイトルが分からないままでは、書店内で探しだす事も難しいだろう。

 萬狩はそう考えて、再び駐車場へと向けて歩き出した。しかし、無性に煙草が吸いたくなって、先程の珈琲ショップで、自分が煙草を吸い忘れているという失態に「畜生」と苦々しく顔を歪めた。

 国際通りは、現在禁煙となっている。駐車場で携帯灰皿を使って吸うにしても、それがセーフなのかアウトなのか喫煙状況が全く分からない。

 まったく、俺が煙草を忘れるなんて、珍しい事もあるもんだ。

 そんな事を考えながら大通りを歩いていた萬狩は、曲がる道の向こう側にコンビニがある事に気付いた。駐車場でこっそり吸うという危険を犯すよりも、安全な道を選び、コンビニの前に置かれてある灰皿の前で煙草に火をつける事にした。

 しばらく煙草を吹かしていると、コンビニ店内から、先程見掛けた女性が連れを伴って出てくるのが見えた。こんな奇遇もあるものなのだなと、萬狩は、横目にぼんやりとその様子を眺めた。

 少女にも見えるその女性は、相変わらず胸に書店の紙袋を抱えていた。その隣に歩いているのは、黒いパンツの似合う背の高い中世的な女性で、彼女達が「こんなところで会うなんてねぇ」と笑いあう声が聞こえてきた。

 背の高い女性が、「ふふん」と勝気な目で自信たつぷりにこう告げた。