萬狩は離婚の際、財産の半分と持っていたマンションの一室、それから愛用していた今の車しか手元に残らなかった。その悔しさもあって、今回移住する事になった美味しい話に飛び付いたはずなのに、その事を、今思い出すまですっかり忘れてしまっていた。
貯金を数える事もなければ、これから自分が元妻に取られた分を挽回するような未来の筋書きも考えていなかった。彼は余計な出費は好まない男だったはずなのに、今回のバーベキューに関しても、出費を惜しまずやってのけようとしている。
九月なのに日差しが強い。
自宅と違いむっとした都会の熱気に、くらくらした。
萬狩は喉の渇きを覚え、思案するついでに国際通りにある有名な珈琲のチェーン店に入る事にした。数ヶ月ぶりに目を通したメニューには新商品も乗っていたが、試したい気も起こらなかったので、愛飲しているいつもの豆でブラックをお願いした。
外は相変わらず蒸し暑さに包まれていたが、萬狩は冷房の効いた店内ではなく、日中の日差しや熱気によって嫌われているらしい、人のいないテラス席へと腰を落ち着けた。
そこから通りを歩く群衆を眺めながら、ブラック珈琲で一息吐いた。
思い返してみれば、萬狩は入居してから現在まで、老犬に掛かった雑費に関して、例の弁護士からもらった請求先へ連絡を取る事を忘れていた事に気付いた。自分には一銭も掛からないと喜んでいたはずなのに、どうしてか、その気が起きないでいる。
自分で買った物とはいえ、本当に、ちょっとした物なのだ。
例えば、立ち寄った店で見付けた犬用のクッキーや菓子。新しい首輪や、自分が持ちやすいと感じた落ち着いた色のリード。
布で拭って急ぎ乾かすと、中途半端な湿り気と布の繊維が残って、再度キッチンペーパーで拭いとって仕上げるのも面倒だから、つい多めに買ってしまったステンレスの餌入れ。それから、常にきれいな水を循環してくれる水入れ……
貯金を数える事もなければ、これから自分が元妻に取られた分を挽回するような未来の筋書きも考えていなかった。彼は余計な出費は好まない男だったはずなのに、今回のバーベキューに関しても、出費を惜しまずやってのけようとしている。
九月なのに日差しが強い。
自宅と違いむっとした都会の熱気に、くらくらした。
萬狩は喉の渇きを覚え、思案するついでに国際通りにある有名な珈琲のチェーン店に入る事にした。数ヶ月ぶりに目を通したメニューには新商品も乗っていたが、試したい気も起こらなかったので、愛飲しているいつもの豆でブラックをお願いした。
外は相変わらず蒸し暑さに包まれていたが、萬狩は冷房の効いた店内ではなく、日中の日差しや熱気によって嫌われているらしい、人のいないテラス席へと腰を落ち着けた。
そこから通りを歩く群衆を眺めながら、ブラック珈琲で一息吐いた。
思い返してみれば、萬狩は入居してから現在まで、老犬に掛かった雑費に関して、例の弁護士からもらった請求先へ連絡を取る事を忘れていた事に気付いた。自分には一銭も掛からないと喜んでいたはずなのに、どうしてか、その気が起きないでいる。
自分で買った物とはいえ、本当に、ちょっとした物なのだ。
例えば、立ち寄った店で見付けた犬用のクッキーや菓子。新しい首輪や、自分が持ちやすいと感じた落ち着いた色のリード。
布で拭って急ぎ乾かすと、中途半端な湿り気と布の繊維が残って、再度キッチンペーパーで拭いとって仕上げるのも面倒だから、つい多めに買ってしまったステンレスの餌入れ。それから、常にきれいな水を循環してくれる水入れ……