『そっちはどう? メールを見る限り、結構楽しくやっているってイメージがあるけど、しばらく声を聞いていないと思ってね。だから電話をしたんだけれど、時間は大丈夫だったかい?』

 九月も第二週に入ろうとしていた土曜日の午前十時、家の電話に谷川(たにがわ)から着信があった。先月にも電話をしたじゃないかと萬狩が問えば、「もう一ヶ月も前の話しじゃないか」と寂しがるように言う。

 会社の定期報告の他にも、萬狩は、向こうで暮らしていた時と同じように、谷川とはメールや電話でのやりとりを続けていた。谷川は基本的に、萬狩が気にしているであろう会社内部の事を話しつつ、プライベートな出来事を綴って彼を楽しませてくれていた。

 木曜日には、宣言通り元気になった仲西がやって来ていたし、元に戻った萬狩の生活は、すっかり落ち着きを取り戻していた。

『夏バテに軽い胃炎だって? 頑張りすぎじゃないの?』
「お前は、こっちの暑さを知らないからそう言えるんだ」
『まぁ分からないでもないよ。ハワイに旅行に行った時、二日間ダウンして妻と子供を失望させた経験があるからね』
「ああ、あの時の事か。あれは災難だったな」
『まぁね』

 谷川の妻は、萬狩の元妻に比べれば可愛らしい性格をしているとはいえ、一般的に比較して考えると強い部類に入る女性だった。年上妻という事もあって、帰国後三週間、谷川が電話でも文句を言われ続けていたのを、萬狩はそばで見て知っていた。

 その後、ハワイを含む海外旅行のために一ヶ月の有給を取らせた事で、谷川の名誉は挽回の流れとなった。今では笑い話だが、あの頃はさすがの谷川も、笑顔に疲労感を滲ませていた。