犬との会話も、最近は違和感が薄れたなと萬狩は苦笑した。信号待ちの際、ようやく思い至ってラジオをかけると、陽気な男性の声が、リスナーからの便りと共に曲を紹介し、それが車内に響き始めた。

 ラジオから流れ出したのは、幼さの残る歌声をした女性の曲だった。萬狩は、あまり音楽を耳にする機会もなかったが、耳に沁み込む良い曲だと思った。

 その手の温もりを忘れていない、夢見るほどにずっと覚えているのだと、そう歌った歌詞がやけに耳にこびりついた。

        ※※※

 仲村渠が「車はここに停めておくといい」と教えてくれた駐車場は、民家の間にぽっかりと存在している空き地の一つだった。雑草と砂利があるばかりの小さな土地で、他には三台の軽自動車が駐車されていた。誰の土地かは知らないが、昔からあるものらしい。

 勝手に停めていいものだろうか、と悩みつつも、萬狩は仲村渠の言っていた「短時間なら問題ないでしょ。スーパーに停めて、店員さんに怒られるよりマシ」を信じる事にした。

 この辺りで大きな駐車場といえば、コンビニが二軒、スーパーが一軒、薬局が一軒しかなく、コインパーキングなんてありはしないのだ。地元住人の助言を信じるしかない。

 萬狩は車を停めると、シェリーを連れて不慣れな道を歩いた。

 細く荒れた歩道は、大人二人分の幅しかなく、電柱がある場所は、向こうからの歩行者が通り過ぎるまで待つ必要があった。

 歩く人々が、擦れ違い間際に、中型犬であるシェリーをちらりと見ていった。買い物袋を下げたエプロン姿の中年女性が、「まぁ、可愛らしいワンちゃんですねぇ」と萬狩に声を掛けてきて、彼はぎこちなく「どうも」とだけ答えた。学生がいない時間帯で良かったなと、仲村渠にすすめられた時刻には安堵を覚えた。