気遣ってやっているわけじゃない。
手助けもしていない。
家の購入する際の条件として、渡されたマニュアルに従って行っている。それだけなのだ。
「――だから、これは同情でも何でもないわけで、俺とお前は、一人と一匹の生活をそれぞれ送っているに過ぎない」
萬狩が自分に言い聞かせるように告げると、シェリーは、知った顔で「ふわん」と鳴いた。そういう事にしておいてやろう。そんなニュアンスを覚えて、彼は、憮然とした顔で頭をかいた。
壁にかかった時計を見やり、萬狩は出発の時刻を知った。
帰り際に仲村渠からもらったメモをポケットから取り出し、再度道のりを確認してから、待ってましたと期待の眼差しをする老犬を、ちらりと見降ろす。
「あ~……その、なんだ。俺は、食後の散歩でもしようと思う」
「ふわっ、ふわわん!」
「おいおい、尻尾で皿を転がすのは止めろ。別に、お前のためじゃないんだぜ」
萬狩はそう言い聞かせ、シェリーのご飯皿を洗った。
外出の支度を済ませ、老犬を車の後部座席に乗せて自宅を出発した。彼女はドライブに慣れているようで、付添い人がいなくとも、シートの上に優雅に腰を降ろし、静かに車窓を流れる風景に目を向けていた。
しばらく、萬狩はラジオも流していない事に気付かなかった。車内の冷房が効き始めた頃、「なぁ」と言った。
「お前の、前の御主人様は、どんな人だったんだ」
サイドミラー越しに後部座席を確認すると、老犬のやや白く濁った、それでもきらきらと濡れて輝いて見える、どこか大人びた愛嬌のある目と合った。
「相当、お前の事を可愛がってくれていたんだろうな」
「ふわ」
「こっちに来てから、気付かされる事が多いばかりの俺には、到底無理な事なんだろうな……」
様々と気付かされる。俺には出来そうにもない、多くの事だ。
手助けもしていない。
家の購入する際の条件として、渡されたマニュアルに従って行っている。それだけなのだ。
「――だから、これは同情でも何でもないわけで、俺とお前は、一人と一匹の生活をそれぞれ送っているに過ぎない」
萬狩が自分に言い聞かせるように告げると、シェリーは、知った顔で「ふわん」と鳴いた。そういう事にしておいてやろう。そんなニュアンスを覚えて、彼は、憮然とした顔で頭をかいた。
壁にかかった時計を見やり、萬狩は出発の時刻を知った。
帰り際に仲村渠からもらったメモをポケットから取り出し、再度道のりを確認してから、待ってましたと期待の眼差しをする老犬を、ちらりと見降ろす。
「あ~……その、なんだ。俺は、食後の散歩でもしようと思う」
「ふわっ、ふわわん!」
「おいおい、尻尾で皿を転がすのは止めろ。別に、お前のためじゃないんだぜ」
萬狩はそう言い聞かせ、シェリーのご飯皿を洗った。
外出の支度を済ませ、老犬を車の後部座席に乗せて自宅を出発した。彼女はドライブに慣れているようで、付添い人がいなくとも、シートの上に優雅に腰を降ろし、静かに車窓を流れる風景に目を向けていた。
しばらく、萬狩はラジオも流していない事に気付かなかった。車内の冷房が効き始めた頃、「なぁ」と言った。
「お前の、前の御主人様は、どんな人だったんだ」
サイドミラー越しに後部座席を確認すると、老犬のやや白く濁った、それでもきらきらと濡れて輝いて見える、どこか大人びた愛嬌のある目と合った。
「相当、お前の事を可愛がってくれていたんだろうな」
「ふわ」
「こっちに来てから、気付かされる事が多いばかりの俺には、到底無理な事なんだろうな……」
様々と気付かされる。俺には出来そうにもない、多くの事だ。