萬狩がちらりと視線を持ち上げると、仲村渠が「ふふ」と微笑ましげに目を細め、それから「そうですよ」と肯いた。

「まずは、大人である貴方の方から先に『ごめん、仲直りしよう』と言っておあげなさい。子供は、話を聞いて欲しければ、おのずと口を開きますから、その時は話を聞いてあげるといいのです。彼は素直で単純な子ですから、今頃、どう顔を会わせていいのかと悩んでいるだけなのですよ。あの子も喧嘩なんて滅多にしない子だったもの」

 私の孫もね、ちょうど幼少期の反抗期真っただ中なのです、と仲村渠は励ますように笑った。そして茶目っ気のある眼差しで、「バーベキュー楽しみにしていますから」と、先日彼らの中で勝手に話が盛り上がって例の予定について、余計な一言も添えた。

 萬狩は思わず苦笑したが、「ああ」と、しっかり肯いたのだった。

        ※※※

 仲村渠が帰った後、萬狩と老犬は、しばらくゆっくりと過ごした。

 昼食時間ぴったりにご飯を食べ、その後は、特に何をする訳でもなく、しばらくリビングに座って昼間のニュースを眺めた。

 萬狩が煙草を吹かせば、シェリーはそれが見える窓辺に寝転がって縁側を見る。彼が拙いピアノの練習を始めると、楽譜棚の横で丸くなって聞き耳を立てた。

 萬狩と老犬の関係は、出会った当初と何も変わらない。ピアノを弾く萬狩の足をシェリーが鼻でつつくと、萬狩はポケットからクッキーを一つ出して、彼女に手渡しでくれてやる。それ以上の触れあいはない。

 午後三時の間食の時間、シェリーはいつも通りの量を食べた。萬狩は珈琲を淹れ、煙草を吹かしながら彼女の間食に付き合った。シェリーのご飯皿は、衛生面を考えて必ず毎回洗うのが日課になっている。