扉を開けた途端、錆や黴といった古きものとは無縁の、自然特有の緑と、潮の香りを含んだ心地良い風が萬狩の顔を打った。

 この家は入居者が決まるまで、不動産と、老犬の体調を管理して通っている動物病院、それから掃除を専門とする関係者達が毎日出入りしていたらしいから、こんなにも綺麗なのだろうとは推測出来た。

 萬狩が入居する本日をもって、今後老犬に関わる人間は週に一回、犬の健康診断と食糧、生活用品の配達に回って来る以外はなくなる。

 この家はアメリカ仕様だったらしく、前家主も靴を脱ぐ習慣がなかったらしい。玄関と廊下の間に本来あるべき見慣れた段差がなかったので、萬狩はマットの前で靴を脱ぎ、ご丁寧に用意されていた青いスリッパに履き換えた。

 洋風造りのこの家は、玄関から続く一本の廊下から、それぞれの部屋が存在していた。個室部屋の扉は全て取り外されており、完全な密室は洗面所の他には存在していない。廊下の突き当たりには、網戸と硝子窓のためられた白い二重扉式の裏口がある。

 設置されている窓は、いつでも外に気軽に出入り出来るよう、全て大窓造りとなっている特徴もあった。圧倒的に風通しは良く、天上に高さがある事もあって外からの光りは十分に入るため、室内はどこもかしこも明るい。

 既に生活が始められるようにセッティングされた屋内は、彼が予想していた以上に清潔感が漂っていた。前家主はお金を大層持っていたそうだから、きちんとリフォームも重ねていたのだろうか。どこへ目を向けても、古さを感じない別荘のような品質が保たれていた。

 キッチンは磨き上げられ、床も軋まなければ傷跡も見られなかった。トイレは洗浄タイプのしっかりとした個室で、浴室だけは少しばかり手狭のようにも思えたが、バスタブも落ち着くベージュ色でタイルも滑らかだ。