「この海に、そんな恐ろしい魚がいるのか?」
「ええ。突き刺さるだけならまだしも、その後に容赦なく回転してしまって、結果的に抉る形となるので傷口が一気に開きます。刺さる場所によっては致命傷にもなりうるのです。眼球から脳までなら、いとも簡単に貫通してしまう威力ですよ」

 それが運悪く港にはいて、仲西の父が持つ、光る何かに反応した。

 詳細までは知らないが、そのせいで泳ぎが得意なその男は、そのまま溺れ死んでしまったのだと、新聞記事にはそう書かれていたと仲村渠は話した。

「恐らく、思い出したのだと思いますよ、仲西君は。落ちた子供と一緒に父も戻ってくると思っていた、と、一度私に語った事がありました。彼の父親は、子供をどうに地上の人間に任せた後、泳ぐ事もままならずに沈んでいき、とうとう上がってこなかったらしいのです」

 それがトラウマになっているのだろう。萬狩は少し考え、何食わぬ顔で茶を飲む老人獣医を窺った。

「俺は、どうすればいい」
「貴方は大人です。相手は仲西君ですから、簡単な事ですよ。子供と仲直りする時と同じようにしてやれば良いのです」

 仲直り、か。

 その言葉を聞いて、萬狩は思わず自身を嘲笑した。

「……貴方は、俺の事を買い被り過ぎているんだ。俺は、何もしてやれない父親だった」

 記憶を振り返ってみても、自分の息子達と喧嘩や仲直りもした覚えがない。だから、これが喧嘩だとすると、萬狩には初めての事で仲直りの方法すら分からないでいる。

 黙りこむ萬狩に、仲村渠が優しく微笑みかけた。

「子供というのは、素直になれないものなのですよ、萬狩さん。仲西君が先に言えないでいる事を、あなたが手本のようにやってあげればいいだけの話なのです」
「俺が、手本を見せる……?」