萬狩は、それが仲西青年のプライベートに深く関わる内容を指しているのだと気付いて、赤の他人である自分が、それを知ってはいけないような気がして口をつぐんだ。

 すると、それを察したかのように、仲村渠が迷いもせず穏やかな口調でこう言った。

「彼の父親は、釣り竿ごと海に引きこまれた男児を助けようとして、港で命を落としたのです」

 まるで、なんでもない世間話をするように、仲村渠が落ち着いた微笑を浮かべて言葉を続けた。

「新聞では小さな記事にしかなりませんでしたが、地元では大変な騒ぎでした。沖縄の人は台風慣れしていますから、少し風が強くとも気にする人は少ない――港には、そんな近所の小学生が秋休みを満喫するように釣りに来ていて、ちょうど仲西親子も、日課となっていた港の散歩をしていたのです」

 互いのためにも知っておいた方がいい。

 仲村渠からそんな配慮を覚え、萬狩は、慎重に話を聞いて理解に努めた。

「……つまり、散歩をしているタイミングで転落事故に遭遇したのか?」
「そう言う事です。仲西君の父親は、幼い我が子に、漁港の事務所から大人を呼んでくるように言いつけて、そのまま荒れている海に飛び込んだらしいのです。けれど運が悪い事に、漁港にはダツが迷い込んでいたのですよ」
「『ダツ』?」

 聞き慣れない言葉に、萬狩は、イメージがつかず尋ね返した。

 仲村渠は、水筒のカップの縁についた水滴を細くしわがれた指で拭いながら「ダツは」と話を続けた。

「魚なんですがね、こいつが恐ろしいやつなんですよ。海を知っている人間には有名な魚で、ダーツ状に尖った鋭い口を持っていて、光る物に反応して突進してくる性質を持っているのです。時速は約六十キロ、……それが人間の身体に簡単に刺さってしまうので、ダイバーには、鮫よりも恐れられている魚なのです」