「子供を助けるために海に飛び込んだらしいですね。夫人方には好評で、スーパーでも立ち話されてましたよ」
「……まさか、俺の名前が勝手に知れ渡っていっているんじゃないだろうな?」
「いいえ、名前は明かされていないのでご安心を。私も含め、皆詳細までは知らないのですよ」

 ですから、よろしければ教えてもらいたいものですねぇ、と仲村渠は楽しげに瞳を細めた。それは茶化す訳でも面白がっている訳でもなく、不思議と親愛さを感じさせた。

 あの日の事を他に話せる相手もいない萬狩は、重い口を開いた。

 萬狩が話している間、仲村渠老人は話を遮るような発言は一切せず、適度な相槌を打った。

 仲村渠は全て聞き終えた後でようやく「そんな事があったのですねぇ」と、水筒のコップに新しい茶を注ぎ足した。

「それは、まぁ、――怒るでしょうねぇ。私だったら、畏れ多くも自ら海に飛び込むなんて真似は出来なかったでしょう。いやはや、萬狩さんは、体力によほど自信がおありで?」
「おいおい、勘弁してくれ。あいつにも開口一番に怒鳴られたばかりなんだぜ」

 あんたも説教か、と萬狩は鼻白んだ。

 俺はきちんと謝ったし、反省もしている事を、らしくもなく本人にまで告げたのだ。これ以上どうしろっていうんだ?

 仲村渠は一口茶を飲むと、そんな萬狩をちらりと見て「分かっていらっしゃらない?」と不思議そうに首を傾げた。萬狩が「何が」と怪訝に尋ね返すと、彼は「ふう」と息を吐いた。

「私はあなたの行動については怒っていませんし、褒めてもいますよ。ただ、仲西君は若いですし、彼の事だから私情が絡んで、上手く納得も出来ないのでしょう」
「個人的な都合という事か?」
「萬狩さんのお気持ちも分かりますが、汲んでやって下さい。彼は、まだ若いのです」
 仲村渠老人は、まるで教師のように微笑んだ。