穏やかな天気のせいなのか、大事に至らなかったという安堵感があるためか、素直な言葉が萬狩の口をついて出た。

 仲西が僅かに身じろぎし、「ほら、あなたはお人好しだ」と面白くもなさそうに言った。萬狩が不思議になって視線を向けると、そこには、今にも泣きそうな顔で怒る仲西青年がいた。

「頼みますから、僕の見ている目と鼻の先で、あんな危険な事は、二度としないで下さい」

 死ぬほど怖かった。驚いて、後悔して、もう取り返しがつかなくなるんじゃないかと思った……そう仲西は、珍しく沖縄鈍りを滲ませて言い、消え入る声と共に抱えた膝に顔を伏せた。

 シェリーが、萬狩の頬を鼻先でつついた。彼は、濡れたその感触に「止めろ」と小さく抗議し、それから、シェリーの首の辺りをぎこちなく撫でた。

 大丈夫だ。俺は、こんなところで死んだりしない。

 今の萬狩には、やらなければならない事が出来ていた。それを遂行し、最後まで見届ける使命を彼は自覚し、もう覚悟していたから、海に飛び込んだ時も、死の恐怖は微塵も覚えていなかったのだ。

 数人の大人を引き連れた古賀が「お~い」と、くぐもるような声を上げながら、こちらへとやって来るのが見えた。その手には、萬狩が防波堤に置いて行った荷物があった。

 こっちに来てから、老体に鞭を打ってばかりだな。

 萬狩はそんな事を考えながら、少しだけ目を閉じた。

        ※※※

 海に落ちた子供達が、それぞれ大人達によって保護された後、萬狩は、仲西に半ば強引に町の小さな病院に連れて行かれた。

 診察の結果は、夏バテと軽い日射病だった。軽度の胃炎も起こっているとの事で、複数の薬をもらって、その日は帰宅した。

 それから数日間、萬狩はしっかり薬を飲み、食事と睡眠を取るようにも心掛けた。薬を飲みきる頃には彼の体調も回復していて、老犬の食欲もすっかり戻り始めた。