小さな足音に気付いて目を向けると、首輪からリードを垂れさせ、引きずるり歩く老犬の姿があった。その奥には三人の少年達がいて、一人の少年を囲って再会を喜んでいるのが見える。

「あれぐらい、僕がやれましたよ」

 萬狩の隣で、疲れ切ったように片膝を立てて座っていた仲西が、憮然とそう言った。彼もまた、萬狩と同じように頭から靴の先までずぶ濡れだった。

 頭上から降り注ぐ太陽が眩しかったのだが、萬狩は、全身が鉛のように重くてすぐに動けず、日差しを遮りたいのに右手も持ち上がってくれないでいた。

 萬狩は、隣の仲西の様子を窺った。こちらを見ていない彼の横顔には、静かな怒気が漂っていた。普段は愛想のいい顔も、若干険しさを増して、どこか不貞腐れたように海の方へ向けられている。

「すまなかったな。手間を掛けさせて」

 太陽の日差しを、ようやく持ち上げる事が出来た右手で遮りながら、萬狩はそう答えた。結局、俺は無駄な事をして手間を増やさせてしまっただけらしい、と神妙な気持ちで反省する。

 仲西青年は、何も答えてくれなかった。彼が怒っている事は、普段は見られない、その険悪な雰囲気から見て取れたので、萬狩は視線を戻しながら、どうしたものかなと静かに考えた。

 ニコリともしない仲西を見たのは、これが初めてだ。本格的に怒っているようなので、萬狩はもう一度謝ってみた。

「迷惑をかけて、悪かった」
「許しません」
「怒っているのか」
「怒っていますよ。ものすごく腹立たしいです」

 仲西が、吐き捨てるようにそう言った。

 萬狩は、長閑な青い空を見つめながら「悪かったな」と、再度謝罪の言葉を口にした。

「けどな、駄目なんだ。冷静に考えられなかった。あの場には若い人間もいたのに、どうしようもなく、身体が動いちまったんだ」