俺がやらねば、誰がこの子を岸にまで連れ戻すというのだ。情けないぞ。昔は食事を抜いたぐらいでヘバるような俺じゃなかった。

 さぁ、頑張るんだ、俺。岸までそんなに距離もないし、潮の流れだってそこまで激しい訳じゃない。とにかく泳ぐんだ。

 しかし、疲労で集中力が欠けた一瞬、口から海水が入り、萬狩は激しく咽た。

 肺が痛い、呼吸が苦しい。まるで、全身が鈍りのように重く感じる。岸に目をやるが、蜃気楼が上るように視界がぼやけ始めて、よく見えない。

 甲高い子供の声と、青年の悲鳴が聞こえたような気がしたが、萬狩の体力はそこで底を尽きてしまっていた。

 数十秒ほど、萬狩は海の上で意識を失っていた。彼の身体は一度海の中へと沈み、力強い腕に引き上げられるまで浮上しなかった。

 自分の身体が酸素を求めて激しく咳込む声に気付いて、萬狩が、ふっと重い瞼を開くと、海面から頭を出した仲西青年がいて、珍しく心底怒り狂った顔でこちらを叱りつける姿があった。

 彼が何を言っているのか、始めは理解出来なかった。

 ただ、随分怒らせてしまったらしい事だけは、萬狩の朦朧とした頭でも分かった。

「あなたは、馬鹿だ。――……救いようのない、大馬鹿者です」

 子供を抱え、萬狩の襟首も掴んだ仲西が、目を怒らせてそう告げた。

 何をそんなに怒っているのだろう。

 そう思ったのを最後に、萬狩の視界は暗転した。

           ※※※

 意識を失っていたのは、どれぐらいだったろうか。萬狩は眩しい日差しの熱と、背中に感じる細かい砂の優しくない眠り心地の中、自分の激しい咳で目を覚ました。

 萬狩は、呼吸を落ち着けた後、自分が浜辺に打ち上げられた魚のように横たわっているのだと把握した。