その時、不意に萬狩の脳裏に、初めて息子達を海に連れていった日の事が鮮明に蘇った。長男はしっかりしていたが、初めて海に連れていった時は潮水の冷たさと波に怯えていた。自分ではどうにも出来ない場所なのだと、泣いて萬狩に縋った。

 大丈夫、ちっとも怖くなんてないさ。プールよりも潮水の方が浮きやすいんだ。それに、泳げるようになったら川遊びだって、もっと楽しくなるぞ。お前は、お兄ちゃんだ。それを、弟に教えてやらなければならない……

 あまり遊びを知らなかった萬狩だったが、昔暮らしていた場所には大きな川があって、同じ年頃の少年達と同じように泳いだ経験があった。

 経費の掛からない食事メニューの一つとして、川魚を手軽にゲットできるからだったが、今思い返してみれば、それは楽しい日々でもあったと思う。

 萬狩はそんな事を思い出しながら、救出する少年を、しっかりと腕に抱えて岸に向かって泳ぎ始めた。

 つまらない事を思い出したな、と場違いな自分を思って、泳ぐ事に集中しようと思考を切り替える努力をしたが、何故か、手の中にある少年の僅かな温もりに、まだたるんでもいなかった頃の自分の腹に抱きついてきた長男を思い起こしてしまった。

 俺も歳かな。そんな事があったなんて、今まですっかり忘れていた思い出を、こんな状況で悠長に考えているんだもんなぁ……

 実際、萬狩の体力は早々に底を尽き始め、ぎりぎりの状態だった。少年の呼吸を確保しながらの水泳は、かなり身体に負担をかけていた。

 苦しい、しんどい、予想以上にそれは過酷だった。必死に手足を動かせるが、まるで岸に近づけている気がしない。

 俺は、前にちゃんと進めているか?

 萬狩は一旦泳ぎを中断し、呼吸を整えるため少し手足を休めた。

 ふと、日差しに照らし出された美しい海底へと目が向いた。水深は、数十メートルといったところだろうか。