萬狩は、すぐ違和感の正体に思い至った。それは、激しい潮の流れだ。彼は、自分が沖に向かって流されている事に気付いた。

 恐らく、先に海に落ちた少年は、自分よりも体重が軽いだろうから、あっという間に流されていってしまったのだろう。

 沖縄は鮫が多いだとか、クラゲもいるだとか、そういう事も忘れて、萬狩は少年の元へ必死に泳ぎ続けた。

 体力がなくなれば、最悪、海岸まで戻れなくなってしまう。長期戦は不利だ、休んでいる暇はない。

 すぐそばにはビーチもあるので、帰還地点は必ず防波堤でなくても構わないだろう。潮の流れで戻れないのなら、大回りしてビーチ側から迂回するように、岸に戻ってやればいいだけの話だ。

 水面から顔を上げて空気を吸い込む拍子に、空気に触れた耳が後方の騒ぎを拾った。待ち切れなかったらしい誰かが、海へ飛び込む音が聞こえる。

 萬狩は、振り返らないまま泳ぎ続けた。

 必死に泳ぎ続けていると、水面へ出ている小さな影に気が付いた。随分と幼いようにも見える少年が、泳ぎ方も分からず、パニック状態で手足をばたつかせていた。

 少年は萬狩に気がつくと、咳込みながら「助けてッ」と叫んだ。泳げないではあるが、どうやら完全なカナヅチではないらしい。小さな彼が完全に沈んでいる状態ではなく、必要最低限の空気を確保している状況に、萬狩は、少なからず安堵を覚えた。

 萬狩は少年のもとに辿り着くと、彼の腕を掴んで引き寄せた。少年は泣きじゃくっていたので、暴れられては大変だと考え、その子共が口を開くよりも先に「大丈夫だから」と、息も切れ切れにそう声を掛けた。

 触れてみて驚いたのは、少年の身体がすっかり冷たくなっていた事だった。一人の子供を抱えて泳ぐ事に体力的な不安を覚えたが、それでもやるしかないだろう。萬狩は己を奮い立たせて、子供に向かって気丈に笑って見せた。