「萬狩さんッ、もしかして子供が海に落ちたんですか!?」
「こっちと違って話が早いな、そう言う事だ!」

 萬狩は少年達の元へ到着するなり、ぐずって何を言っているのか分からない野球帽子を被った男の子に、自分の腕時計と携帯電話、それから車の鍵と財布を手早く預けた。

 靴と靴下も脱ぎ始めながら、萬狩は海面へと目を走らせたが、波の立つそこに子供の姿は見えなかった。

 少年達の中で、一番年長者らしい細身の大きな少年が、慌てたように萬狩から靴を受け取った。古賀が、驚いたような表情を浮かべて「まさか」と呟いた。

 萬狩達の元へ駆けて向かいながら、その様子を後方から見ていた仲西が「ちょッ、萬狩さん!」とありったけの声で叫んだ。

「あなた、泳げるんですか!?」
「十数年振りだ!」

 萬狩が振り返りもせず答えた途端、仲西と古賀が、それぞれ「えぇ!」と叫んだ。

 若い頃水泳を嗜んでいた萬狩は、彼らの後の言葉も聞かず、海へ飛び込んだ。入る直前までは少々不安もあったが、実際に飛び込んでみると、身体は泳ぎ方を忘れていないようだったので「これならいけるだろう」と判断した。

 とはいえ、さすがに久しぶりの塩水は目が痛む。

 けれど不満をこぼして海面から探すのは不効率なので、そうは言っていられず、萬狩は海に身を沈めて目を凝らし、誰かいないかと、食い入るように辺りを素早く探した。

 ぼやけた薄暗い視界の向こうで、何かが動いているのが見えた。

 いた。恐らく、あれが落ちた子供だろう。

 萬狩は、一旦空気を求めて水面に顔を出し、そちらへ向かって必死に手足を動かし始めた。

 久々にクロール泳ぎをしたが、手足が非常に重く感じた。まるで海ではなく、泥の中をかき分けているようだと彼は思った。しかし、考え耽る暇はなかった。防波堤からほんの少し離れたところで、自分がスムーズに前へと進み始めている違和感に、ふと気付かされたからだ。