すると、古賀が途端に「えぇ!?」と飛び上がった。

「だ、だだだだだって、こんな成りで、あの漫画を描いている同人作家なんですよッ? 『旦那さんは何をしているの』と訊かれるたび、彼女が苦悩するさまを想像すると、ぼ、ぼく耐えられなくって!」

 太った小男が眼前に迫って来て、萬狩は「暑苦しいわッ」と古賀を押し返した。

「落ち着け、『あの漫画』と言われても俺には分からん! というより、お前も気が早いな。そこで普通結婚後の風景を想像するか?」

 実に妙な男である。そう睨みつける萬狩に、古賀は涙目で「だって」と男らしくもない震えた声を上げた。

「『あの作家さん』は格好良い美青年に違いないとか、自分達と同世代の女の子が描いているだとか、そう思わせるような漫画を、ぼ、ぼくは描いているんですよッ。実際に同ジャンルで顔の良い作家さんは、堂々と表に出ているぐらいだし、女性向けの同人誌やラジオ番組にも出るぐらい人気がありますし!?」

 まるで芸能人並みの扱いだな、と萬狩は思った。たじろぎつつも、「あのな」と、彼を落ち着かせようと言葉を紡ぐ。

「良く分からんが、お前の彼女は、そういった漫画を読む女性じゃないのか?」
「学生時代から友達同士でコミケに行っていたぐらいだから、多分、そのジャンルも読んでいるんじゃないか、と思ってはいるんですけど……」
「ちょっと待て。すまないがコミケとはなんだ?」
「コミックマーケットです」

 古賀は、そこだけ饒舌に言い切った。

 萬狩は頭が痛くなってきた。しかし古賀は、物想いに耽った雰囲気で「ふう」と息を吐いて、真面目な顔で話を続けた。

「どうしたものかと思って、ぼく、悩んでいたんです。ぼくはこんな成りだし、特技なんて自炊ぐらいだから、ちょっとでも彼女が誇れるように、ピアノの一つでも出来るようになれたら格好良いかな、なんて思って……」

 ちょっと待て、と萬狩は隣の小男へ顔を向けた。