デイブレイク・ムーン



 薄暗い時間の中、私は目を覚ました。
 眠い目をこすりながらスマホの画面を開く。

 四月二日……。
 ……え?

 体を起こし、もう一度画面を確認する。
 そこには何度見ても四月二日と書かれていた。

 私があの世界に行ったのは四月一日。
 単純に計算しても、一か月間は向こうにいたことになる。

 窓を開けると、澄んだ空気がまだ肌寒い。
 目の前に広がるのは見慣れた家や道路。この辺りに山はないし、大きな建物もない。
 部屋の中には必要最小限の家具と未開封のダンボールが残っている。
 ここは私の家だ。

 あの日から一日しか経っていなくて、私は自分の部屋で眠った時と同じ場所で目を覚ました。
 一番に考えられるのは、異世界での出来事は全て夢だった……。

 思い出したかのように私はあるものを探した。
 あの世界で常に身につけていたバレッタ。
 ポケットに入れていたけれど、今着ている自分の部屋着のポケットには何も入っていなかった。

 本当に、夢だった?

 これだけ鮮明に覚えているのに、時間が経てば忘れてしまう夢になってしまうのだろうか。
 私が見て、触れて、感じたもの全てが、消えてしまう。
 そんなの絶対に嫌だ。忘れたくない、覚えていてほしいとあの人に言われたから。

 あの人……。

 その時、私の後ろで何かが光った。
 振り返って視線を下に向けると、紅く光る宝石が落ちていた。

 「ペンダント……」

 しゃがみ込んで、恐る恐る手を伸ばした。

 「触れる……」

 指先が触れた深紅石は静かに光り、それを拾い上げて両手で包み込んだ。
 
 「クラネスさん……。夢じゃ、なかった……」
 
 一人きりの冷たい部屋で、手の中に眠る温かい記憶を抱きしめて、私は静かに泣いた。