一人の少女がこの世界を去った後、三人の大人が部屋に取り残されていた。
そして、鏡が光を失うまで一緒に見守っていたうちの一人が口を開いた。
「どんな手を使ってでも引き止めると思ってたけどな」
シュベルトの言葉を聞いたクラネスは答えた。
「それができればよかったんだが」
隣で見ていたエイトも訊ねる。
「本当は引き止めたかったんじゃないのかい?」
「……灯が決めたことだからな」
最後、彼女に触れた手は今も温かい。
余韻に浸っているクラネスを茶化すように次の一言で空気が変わった。
「それにしても間に合ってよかったな。最初クラネスの提案を聞いた時はどうなるかと思ったぜ」
シュベルトはエイトに言った。
「一ヶ月以内に灯さんを元の世界に帰したい、でしたっけ?そのためにエネルギー源を作るなんて、やはりすごいですね」
エイトはシュベルトに返した。
「おい、聞こえてるぞ」
二人の間に挟まれているクラネスは不機嫌そうに言った。
「わざとだ。それに褒めているんだから、いいじゃないか」
エイトの柔らかい笑顔はその場を和ませる。
「お嬢さんのために一年かけても完成しなかったエネルギー源を一ヶ月で作ってしまうんだから、本物の天才なんだろうな」
「これも愛の力かな」
「そろそろ怒るぞ」
静かに苛立っているクラネスを見たシュベルトは微笑んだ。
「本当は新しいエネルギー源がないと、お嬢さんを元の世界に帰すことはできなかった。だから一ヶ月経たないと帰れないと嘘をついて、その間にやってのけた。お前はすごいやつなんだよ」
今まで友人からこんな風に褒められたことがなかったクラネスは思わず下を向いた。
本当は半年でも一年でも、灯はこの世界に残ることはできた。しかし、そこで彼女を残して自分がいなくなってしまったら。それが怖くてクラネスは、自らの時間に期限を設け、エネルギー源を完成させた。
いつかは完成させなければならなかったエネルギー源を、灯がこの世界に来たことで、できるだけ早く完成させざるを得なかったから。
「……しつこい」
クラネスを見たエイトも嬉しそうに乗ってきた。
「照れてるんですか?」
「照れてない」
そんなやり取りをしている中、部屋のドアが開いた。
「もう終わった?」
そう言って入って来たのはモモだった。
彼女は先程まで意図的に席を外していた。
「私しんみりするの好きじゃないのよね」
「灯に気を遣って会わないようにしてくれていたのか?」
悲しむ姿を見せないように外に出ていたと思っていたが、目的はもう一つあったらしい。
「そうよ。本当は灯と初めて会った時から、この世界の者じゃないってことは気づいていたわ。だからクラネスに確認したでしょ?初めて会いに来た時、灯は人間なのかって」
「そうだな」
灯の素性を知らないことになっているモモは最後まで彼女のことを思って気づいていないふりを続けた。
「さすがモモ。鋭いな」
感心したようにシュベルトが言った。
「鋭いというか灯が自分で言ったのよ。最近この町に来たって。灯くらいの年の子がそんなこと言うはずないから気になって。同時に、隠さなければいけない理由があるんだろうなとは思っていたけど」
灯が人間であることを知っていたのは、ここにいる者を含め五人だった。
クラネスはそのことを知っていたが、灯には伝えなかった。
「事情を知った上で灯と仲良くしてくれていたのか?初めてできた友人だから」
それを聞いたモモがムッとした。相変わらずクラネスのことは嫌いらしい。
「勘違いしないでほしいんだけど。上辺だけじゃなくて、心から灯と出会えてよかったと思ってる。私もクラネスに負けないくらい灯のことが好きだから」
「……聞いていたのか?」
モモは呆れたようにため息を零した。
「二人のこと見てたら誰だって分かるでしょ。お互い大切な者同士なんだなって。素敵じゃない」
その言葉に四人は光を失った鏡を見つめた。
「灯さんは強い方です」
「お嬢さんは優しい子だ」
「灯は明るくて前向きな子よ」
「幸せになれ、灯」
そして一人の少女の歌声と共に、新しい世界が始まった。