「灯」

 優しい声で名前を呼ばれ、顔を上げた。
 私の前に立ったのはクラネスさん。

 「これを」

 何かを持った手を差し出され、私はそれを受け取った。

 「ペンダント?」

 銀色チェーンの真ん中で、紅色の宝石が静かに輝いている。
 角度を変えると中には小さく光る、光の粒が見えた。
 丁寧に作り込まれたそれは、彼の手で作り出されたものだとすぐに分かる。

 「深紅石で作ったんだ。この光が失われないまじないをかけて、灯が幸せになれるよう願いを込めた。貰ってくれるか?」

 こんなの泣くなと言われても無理だ。溢れる感情で胸がいっぱいになる。

 「もちろんです……!」

 両手でそっと握りしめ、ありがとうを言おうとした時、クラネスさんの顔が耳元へ寄せられた。

 「ところで、ペンダントを贈る意味を知っているか?」

 「え……」

 その言い方は以前私がカップケーキを渡した時に言ったものと似ている。
 あまりの距離の近さに耳元がくすぐったい。心音が聞こえてしまいそう。

 「ペンダントには、あなたを独り占めしたいという意味が込められているそうだ」

 クラネスさんの言葉に顔が熱くなった。
 彼の想いが告げられた艶めく声が体中をめぐる。

 「クラネスさ……」

 私は思わず彼の方を向いてしまった。
 それを狙っていたのか、クラネスさんは振り向いた私にそっとキスをした。

 えっ……。

 突然のことに頭が真っ白になる。

 そのまま強く抱きしめられ、「好きだ」と言ったクラネスさんの顔は見えなかった。

 「灯さえよければ、俺のことも、この町で経験したことも覚えていてほしい。きっと灯の力になってくれる」

 今日まで何度も触れてきた温もりが最後に私を包んだ。
 私は、深く刻み込まれた記憶にそっとベールをかけた。

 そして、腕の中に閉じ込めてくれていた力が弱まった。
 最後に合わせた視線の先で、潤んだ瞳が私を映す。

 忘れない。忘れないよ、絶対。
 こんな想いの跡を残されては、忘れられるはずがない。


 「またな」

 彼は私の体を優しく押した。


 ――クラネスさん……。

 私の体は、ゆっくりと光の中へ落ちていく。

 ――クラネスさん。

 クラネスさんの姿が少しずつ見えなくなっていく。

 私は、涙を流しながら手を伸ばして名前を呼び続けることしかできなかった。

 ありがとう、ありがとう……。

 溢れる涙を零さないように、私は目を閉じた。