今日は一日晴れていて、夜には満月が顔を出していた。
 お母さんの言っていたことが本当なら、クラネスさんの作ったエネルギー源が嵐を吹き飛ばしたことになる。まぁ、クラネスさんならそんなものも簡単に作ってしまいそうだけど。

 私たちは今、作業部屋にいる。そこにある鏡から元の世界に帰ることができるらしい。

 「あれ、そういえばモモさんは?」

 部屋を移動した時から姿が見当たらなかった。

 「急用を思い出したと、どこかへ行ってしまったぞ」

 洗いたての服を身に纏ったクラネスさんが遅れて入ってきた。

 お別れ言えなかったな。けれど私が人間であることを知らないだろうから、これでよかったのかもしれない。
 ここには私の事情を知っている三人しかいない。

 クラネスさんは布で覆われていた姿見鏡を私の前に運んできた。

 「これってもしかして、私のことを見てた鏡だったりします?」

 「そうだ。いやぁ、これが役に立つ時が来るとは」

 嬉しそうに話してるけれど、やっていたことは完全にストーカーだ。


 「この鏡には旧エネルギー源の力がまだ残っている。ここから灯は元の世界に帰ることができる。ただし使えるのは一度だけ」

 私が入った後、この鏡は普通の鏡になる。
 鏡の部屋にあった鏡も全て壊れてしまったらしい。だから私は、もう二度とここへ来ることはできない。

 試しに鏡の中へ手を伸ばすと、触れた部分から波紋が広がって腕が入った。この先にまだ道が続いているみたい。

 本当に最後なんだ。でも、しんみりした雰囲気で終わるのも嫌だな。
 私は寂しさを押し込めて笑顔を作り、振り向いた。

 「クラネスさん、シュベルトさん、エイトさん。今日までありがとうございました」

 これ以上話すと泣いてしまいそうだから、この一言だけでお別れさせてほしい。

 「こちらこそ、灯さんと出会えてよかったです」

 「向こうに戻っても元気でやれよ」

 エイトさんとシュベルトさんから言葉をもらい、私はクラネスさんの方を向いた。

 「寂しくなったら俺を呼んでくれても構わないぞ?互いを思う気持ちがあれば、また会えるかもしれないからな」

 最後までクラネスさんはクラネスさんだった。
 そんなおとぎ話のようなことが起こせるのなら、どんなに素敵だろうか。

 「はいはい、そうですね」

 こんな時くらい気の利いたことが言えたらいいのに。口から出たのはいつもの自分が言いそうなセリフだった。
 だけどその顔は笑っていた。

 「時間だ」

 私の後ろで鏡が強く光始めた。
 早くしないと、帰らなきゃ。頭では分かっていても足が動かない。傷は治っているはずなのに、もうどこも痛くないなずなのに。
 このまま後ろへ行けば鏡の中に入れる。それなのに一歩が踏み出せない。怖い、寂しい、辛い、ここにいたい。
 言葉にはしないけれど、心が騒いで言うことを聞かない。焦りで手が震える。
 お願い、動いて。