どのくらい眠っていたのだろう。
 目が覚めたのは見慣れた部屋だった。

 腕を持ち上げて自分の顔の前に持ってくる。
 ちゃんと動く。温かい。私は、生きている。

 「……!」

 入口で何かが落ちる音がした。


 「灯……」

 顔を向けると、そこにはクラネスさんがいた。
 初めは愕然としていたのに、平然を装うように顔つきを変えた。

 「体調はどうだ?」

 そう言って私の方へ近づく。

 「大丈夫です」

 全て覚えている。勝手にエネルギー源を持ち出して屋上へ行って、歌って、そして……爆風に巻き込まれ、ガラスの破片と一緒に倒れ込んだ。
 そんな私をクラネスさんが家まで運んでくれた。

 とりあえず体を起こそうと力を入れる。その時に痛みはなかった。
 起き上がって腕や足を見ても傷は残っていなかった。鏡に映った顔にも、跡すら残っていない。

 「もしかして、クラネスさんが」

 声も問題なく出せる。
 あの状況だと死んでもおかしくないと思っていた。それなのに動けるということは、クラネスさんが治してくれたのだろう。あれだけ地面に体を強く打ったのに無傷だったとは思えない。

 「眠っている間に色々試させてもらったぞ?」

 そうは言っても、この人は眠っている私に必要以上のことはしないはず。
 今も気を遣っていつも通りでいようとしてくれている。
 無理して笑わないでほしい。怒りたければ怒ればいい。全て受け入れるからと、私は静かに微笑んだ。

 それを見たクラネスさんは息を零し、本音を吐いた。

 「目を覚まさなかったらどうしようと気が気じゃなかった。だから……安心したよ」

 怒っているわけでも、責めているわけでもない。彼は私を心配してくれていた。
 何度も迷惑と心配をかけているのに、そうやって微笑んでくれる。その優しさが、痛くて温かい。

 「何も言わずに、勝手にすみませんでした」

 その場で頭を下げる。

 「灯が無事ならそれでいい」

 返ってきたのはいつものクラネスさんの声だった。

 「クラネスさんのおかげで、なんともないです」

 「それはよかった。一日眠っていたから体力もある程度は回復しているだろ」

 え。今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 「……一日?」

 私が図書館に行ったのは元の世界に帰る二日前。ということは。

 「私が帰るのは、今日?」

 「しかもあと数時間後だな。今は夕方だから」

 窓の外には夕日に染まる町が見えた。
 信じたくないと思ったけれど、あれだけの衝撃を受けたのだから当然だ。むしろ一日で目覚めたことの方が奇跡。


 「灯のおかげで、新しいエネルギー源は動いている。危険を承知で歌ってくれたんだろ?本当はそんなことしてほしくなかったが……」

 クラネスさんは私の頭を撫でた。

 「ありがとう」

 その言葉に私は俯く。

 「すみません……本当はもっと上手くやれたらよかったんですけど」

 そこから見えたクラネスさんの服は汚れていた。あの時から付きっきりで私のことを見てくれていたんだ。

 「ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 最後の最後までこんなんじゃ、胸を張って別れられない。笑顔で言葉を交わすこともできないかもしれない。

 「そうだな」

 頭の上からため息が聞こえた。
 どうしよう。自分のせいなのに、怖くて顔を上げられない。
 そう思っていたら、クラネスさんの手が迷うことなく私の頬に触れた。
 輪郭に指を這わせて流れるように顎を掬い、顔を持ち上げる。

 「だから約束しろ。これから先、俺のそばにいなくても無茶はしないと」

 視線は真っ直ぐに私を見据えている。その声は優しく穏やかで、柔らかい笑みを浮かべていた。

 じわりと熱が込みあがってきて目に涙が滲む。

 「はい」

 それは涙混じりの声となり、クラネスさんに届いた。

 「笑ったり、落ち込んだり、泣いたり、忙しいな。まぁそういうところが好きなんだが」

 両手で頬を包まれ、顔を近づけられる。
 少しでも動くと唇が触れてしまいそうになる距離まで迫られ、すぐに離れた。

 「支度をしたら下に来てくれるか?灯のことを待っている者たちがいる」

 言葉を残し、クラネスさんは部屋を出ていってしまった。
 今の自分がどうなっているのか分からないけれど、心拍数が上がり全身は熱を帯びたまま、しばらく収まらなかった。