✾
どのくらい眠っていたのだろう。
目が覚めたのは見慣れた部屋だった。
腕を持ち上げて自分の顔の前に持ってくる。
ちゃんと動く。温かい。私は、生きている。
「……!」
入口で何かが落ちる音がした。
「灯……」
顔を向けると、そこにはクラネスさんがいた。
初めは愕然としていたのに、平然を装うように顔つきを変えた。
「体調はどうだ?」
そう言って私の方へ近づく。
「大丈夫です」
全て覚えている。勝手にエネルギー源を持ち出して屋上へ行って、歌って、そして……爆風に巻き込まれ、ガラスの破片と一緒に倒れ込んだ。
そんな私をクラネスさんが家まで運んでくれた。
とりあえず体を起こそうと力を入れる。その時に痛みはなかった。
起き上がって腕や足を見ても傷は残っていなかった。鏡に映った顔にも、跡すら残っていない。
「もしかして、クラネスさんが」
声も問題なく出せる。
あの状況だと死んでもおかしくないと思っていた。それなのに動けるということは、クラネスさんが治してくれたのだろう。あれだけ地面に体を強く打ったのに無傷だったとは思えない。
「眠っている間に色々試させてもらったぞ?」
そうは言っても、この人は眠っている私に必要以上のことはしないはず。
今も気を遣っていつも通りでいようとしてくれている。
無理して笑わないでほしい。怒りたければ怒ればいい。全て受け入れるからと、私は静かに微笑んだ。
それを見たクラネスさんは息を零し、本音を吐いた。
「目を覚まさなかったらどうしようと気が気じゃなかった。だから……安心したよ」
怒っているわけでも、責めているわけでもない。彼は私を心配してくれていた。
何度も迷惑と心配をかけているのに、そうやって微笑んでくれる。その優しさが、痛くて温かい。
「何も言わずに、勝手にすみませんでした」
その場で頭を下げる。
「灯が無事ならそれでいい」
返ってきたのはいつものクラネスさんの声だった。
「クラネスさんのおかげで、なんともないです」
「それはよかった。一日眠っていたから体力もある程度は回復しているだろ」
え。今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「……一日?」
私が図書館に行ったのは元の世界に帰る二日前。ということは。
「私が帰るのは、今日?」
「しかもあと数時間後だな。今は夕方だから」
窓の外には夕日に染まる町が見えた。
信じたくないと思ったけれど、あれだけの衝撃を受けたのだから当然だ。むしろ一日で目覚めたことの方が奇跡。
「灯のおかげで、新しいエネルギー源は動いている。危険を承知で歌ってくれたんだろ?本当はそんなことしてほしくなかったが……」
クラネスさんは私の頭を撫でた。
「ありがとう」
その言葉に私は俯く。
「すみません……本当はもっと上手くやれたらよかったんですけど」
そこから見えたクラネスさんの服は汚れていた。あの時から付きっきりで私のことを見てくれていたんだ。
「ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
最後の最後までこんなんじゃ、胸を張って別れられない。笑顔で言葉を交わすこともできないかもしれない。
「そうだな」
頭の上からため息が聞こえた。
どうしよう。自分のせいなのに、怖くて顔を上げられない。
そう思っていたら、クラネスさんの手が迷うことなく私の頬に触れた。
輪郭に指を這わせて流れるように顎を掬い、顔を持ち上げる。
「だから約束しろ。これから先、俺のそばにいなくても無茶はしないと」
視線は真っ直ぐに私を見据えている。その声は優しく穏やかで、柔らかい笑みを浮かべていた。
じわりと熱が込みあがってきて目に涙が滲む。
「はい」
それは涙混じりの声となり、クラネスさんに届いた。
「笑ったり、落ち込んだり、泣いたり、忙しいな。まぁそういうところが好きなんだが」
両手で頬を包まれ、顔を近づけられる。
少しでも動くと唇が触れてしまいそうになる距離まで迫られ、すぐに離れた。
「支度をしたら下に来てくれるか?灯のことを待っている者たちがいる」
言葉を残し、クラネスさんは部屋を出ていってしまった。
今の自分がどうなっているのか分からないけれど、心拍数が上がり全身は熱を帯びたまま、しばらく収まらなかった。
どのくらい眠っていたのだろう。
目が覚めたのは見慣れた部屋だった。
腕を持ち上げて自分の顔の前に持ってくる。
ちゃんと動く。温かい。私は、生きている。
「……!」
入口で何かが落ちる音がした。
「灯……」
顔を向けると、そこにはクラネスさんがいた。
初めは愕然としていたのに、平然を装うように顔つきを変えた。
「体調はどうだ?」
そう言って私の方へ近づく。
「大丈夫です」
全て覚えている。勝手にエネルギー源を持ち出して屋上へ行って、歌って、そして……爆風に巻き込まれ、ガラスの破片と一緒に倒れ込んだ。
そんな私をクラネスさんが家まで運んでくれた。
とりあえず体を起こそうと力を入れる。その時に痛みはなかった。
起き上がって腕や足を見ても傷は残っていなかった。鏡に映った顔にも、跡すら残っていない。
「もしかして、クラネスさんが」
声も問題なく出せる。
あの状況だと死んでもおかしくないと思っていた。それなのに動けるということは、クラネスさんが治してくれたのだろう。あれだけ地面に体を強く打ったのに無傷だったとは思えない。
「眠っている間に色々試させてもらったぞ?」
そうは言っても、この人は眠っている私に必要以上のことはしないはず。
今も気を遣っていつも通りでいようとしてくれている。
無理して笑わないでほしい。怒りたければ怒ればいい。全て受け入れるからと、私は静かに微笑んだ。
それを見たクラネスさんは息を零し、本音を吐いた。
「目を覚まさなかったらどうしようと気が気じゃなかった。だから……安心したよ」
怒っているわけでも、責めているわけでもない。彼は私を心配してくれていた。
何度も迷惑と心配をかけているのに、そうやって微笑んでくれる。その優しさが、痛くて温かい。
「何も言わずに、勝手にすみませんでした」
その場で頭を下げる。
「灯が無事ならそれでいい」
返ってきたのはいつものクラネスさんの声だった。
「クラネスさんのおかげで、なんともないです」
「それはよかった。一日眠っていたから体力もある程度は回復しているだろ」
え。今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「……一日?」
私が図書館に行ったのは元の世界に帰る二日前。ということは。
「私が帰るのは、今日?」
「しかもあと数時間後だな。今は夕方だから」
窓の外には夕日に染まる町が見えた。
信じたくないと思ったけれど、あれだけの衝撃を受けたのだから当然だ。むしろ一日で目覚めたことの方が奇跡。
「灯のおかげで、新しいエネルギー源は動いている。危険を承知で歌ってくれたんだろ?本当はそんなことしてほしくなかったが……」
クラネスさんは私の頭を撫でた。
「ありがとう」
その言葉に私は俯く。
「すみません……本当はもっと上手くやれたらよかったんですけど」
そこから見えたクラネスさんの服は汚れていた。あの時から付きっきりで私のことを見てくれていたんだ。
「ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
最後の最後までこんなんじゃ、胸を張って別れられない。笑顔で言葉を交わすこともできないかもしれない。
「そうだな」
頭の上からため息が聞こえた。
どうしよう。自分のせいなのに、怖くて顔を上げられない。
そう思っていたら、クラネスさんの手が迷うことなく私の頬に触れた。
輪郭に指を這わせて流れるように顎を掬い、顔を持ち上げる。
「だから約束しろ。これから先、俺のそばにいなくても無茶はしないと」
視線は真っ直ぐに私を見据えている。その声は優しく穏やかで、柔らかい笑みを浮かべていた。
じわりと熱が込みあがってきて目に涙が滲む。
「はい」
それは涙混じりの声となり、クラネスさんに届いた。
「笑ったり、落ち込んだり、泣いたり、忙しいな。まぁそういうところが好きなんだが」
両手で頬を包まれ、顔を近づけられる。
少しでも動くと唇が触れてしまいそうになる距離まで迫られ、すぐに離れた。
「支度をしたら下に来てくれるか?灯のことを待っている者たちがいる」
言葉を残し、クラネスさんは部屋を出ていってしまった。
今の自分がどうなっているのか分からないけれど、心拍数が上がり全身は熱を帯びたまま、しばらく収まらなかった。