クラネスが手紙に気づいたのは、灯が家を出た少しあと。
 目が覚めると微かに雨が降っていたからか、家が静かだからか、理由は分からないが嫌な予感がした。
 妙な胸騒ぎに灯の部屋を訪ねると、彼女はいなかった。代わりにテーブルに置かれていた手紙を見つけた。

 「灯……」

 彼女を探すのが先か、手紙を読むのが先か。悩んだ挙句、読んでほしいと言わんばかりに置かれている手紙を手に取った。


 【クラネスさん。

 何も言わずに家を出てすみませんでした。
 どうか私の最後のわがままを許してください。

 私は今、図書館の屋上にいます。原石、新しいエネルギー源を勝手に持ち出してすみません。でも、どうしても今じゃなきゃだめな気がするんです。
 これは自分の信じたい自分を信じて行動した結果です。どんな結末が待っていても、責任は私にあります。だからクラネスさんは自分を責めないでください。】


 【ここで少し、無駄話に付き合ってください。

 私の苗字の有明の意味を知っていますか?有明というのは、朝の空に残る月のことらしいです。夜に出てきた月が朝になってもそこにいるって不思議ですよね。
 有明はどんなに世界が変わっても、存在する場所が違っても、同じ空に残り続けます。私がこの世界に存在していた事実が消えないのと同じで。
 有明はずっとクラネスさんの中に残る灯ということです。有明灯の存在や記憶は、消したくても消えません。

 歌えなくなったって言葉を紡ぐことはできますから、本音も感謝も、好きを伝えることだってできます。

 クラネスさん、私を見つけてくれてありがとうございます。私をこの町に連れて来てくれてありがとうございます。私を必要だと思ってくれたこと、嬉しかったです。

 私にとってクラネスさんは初恋の人で、一生忘れられない存在です。今まで、未熟で頼りない私のことを支えてくださってありがとうございました。

 クラネスさん、大好きです。】


 最後に添えられていた"有明灯"を指でなぞる。
 途中文字が不安定になっていたり、滲んでいる部分もあった。

 「図書館……」

 手紙を握りしめ、クラネスは家を飛び出した。


 曇り空の向こうに晴れ間が見える。

 この町を作るエネルギー源が二つ同時に存在することはありえない。新しいものができれば、前のものは壊れてしまう。しかも今あるエネルギー源はとても大きく、強い力を持っている。
 あれに巻き込まれてしまうと、どうなるか分からない。

 息を切らしながら、ただ一点を見つめて走る。
 水たまりを踏んでも、誰かに声をかけられても、ぶつかっても立ち止まることはない。

 「どうか、間に合ってくれ」

 図書館の上に光の梯子が見える。きっとこの晴れ間を狙ったのだろう。
 今まで見たことのない空模様と風の音。これはただの雨じゃない。嵐でも来そうな嫌な空気が町を覆っている。
 灯は、このことを知っていたのか……?

 微かに歌声が聞こえる。
 図書館の外にある階段を駆け上がり、屋上へと続く最後の段に足をかけたのと同時に、聞きたくない音が周囲に鳴り響いた。

 「あかりー!!!」