「灯、お客さんだぞ」
焼き上がったケーキを盛りつけていると、クラネスさんに呼ばれた。
「人気のない場所に案内してある」
クラネスさんの言葉通り店の隅っこで、ある人が待っていた。
彼は私を見つけると優しく笑ってくれた。
「クロムさん。来てくださってありがとうございます」
持っていたドリンクを彼に渡す。
「僕なんかが来ていいものかと思ったけど、灯さんに会えるならと思って立ち寄ったんだ」
「……!嬉しいです」
クロムさんにもお会いできたらと、無理を承知で手紙を出していた。
「やはり君とクラネス以外には見えていないみたいだ」
店内に向ける視線は静かで落ち着いた。
クロムさんにとってここは気軽に楽しめる場所ではないかもしれないから、無理をさせてしまわないか不安だった。
何か話を……と考えていると、誰かがこちらへ近づく足音が聞こえた。
「クロムさん?」
私とクロムさんが話しているところに来たのはモモさんだった。
「お会いできて光栄です」
彼女は丁寧にお辞儀をした。
「こちらこそ。あの時は何も話せなかったからね」
そんな彼女に対して優しく微笑んでいた。
モモさんもクロムという透明人間がいることを知っている、見える人。
するとその後ろからヴァイトちゃんが、ひょっこり顔を出した。
「この人は?」
「え、ヴァイトちゃん見えてるの?」
彼女はクロムさんの方をじっと見つめている。
「見えてるってどういうこと?今モモちゃんと話してたでしょ?」
彼女はクロムさんのことを知らないはずだ。それなのに、彼のことが見えている。
初めは驚いていたクロムさんも、ヴァイトちゃんの背に合わせて挨拶をした。
「初めまして、クロム・ランナイトです」
彼はそっと手を差し出した。彼女もそれに応えるように手を重ねる。
「ヴァイト・エールよ」
その様子にモモさんと顔を合わせて微笑んだ。
「モモさんと話してたから見えたんですかね?」
「どうかしら。でもこの子は周りをよく見ているから、私たちがいなくても声をかけていたかもしれないわね」
クロムさんのことを知ったヴァイトちゃんは、モモさんと二人きりにしてしまうと不自然に見えてしまうかもしれないから三人でいようと提案した。
まだやることが残っていた私は、名残惜しくも再びキッチンへと戻った。
その後も色んな人たちがこの場に足を運んでくれた。
「すごい、これ全部アカリちゃんが作ったの?」
「スイーツは、そうですね。ドリンクやおつまみはシュベルトさんに手伝ってもらいましたけど」
「とっても美味しいわ」
「よければ作り方を教えてくれないか?」
モモさん行きつけのスイーツショップの店主に褒められてしまった。
「私でよければ」
慣れない環境で今日まで生きてこられたのは間違いなく、この町の人たちのおかげだ。
今日ここへ来てくれた人たちは皆、笑顔になってくれている。そんな時間が当たり前になればいいと強く思った。