「こちらが頼まれていたものです」

 オルドさんから差し出されたのは、五つ目の材料のネジだった。

 「知り合いから譲り受けたもので何やら不思議な力があるとか、僕には分からないですけどね」

 これは恐らくクロムさんの歯車と合わせて使うものだろう。

 「感謝する。……それで、話というのは?」

 クラネスさんの言葉にオルドさんは少し気まずそうに視線を逸らした。
 そして紡がれたのは、彼の思いだった。


 「おひさま園を創ったのは、生まれてきた自分の面倒を見てくれた人がいたからなんです。彼のように自分も、子どもたちが生きていくための手伝いをしたいと思いました」

 今のおひさま園は子どもたちにとって必要な居場所で、安心できる家。

 「でも僕にできるのは、鏡の向こうへ行く前の子どもたちの面倒を見ることだけ。そこから先は彼ら自身の足で歩いていかなければならない」

 この町で七歳を迎えた子どもたちは仕事ができる。そして鏡に入ることも。

 「だから子どもたちにとってこの町は生きやすい場所であってほしい。僕の願いはそれだけです」

 誰よりも子どもに対する思いが強いオルドさんが創り上げたおひさま園は、彼の願いの象徴。

 「過去には人間に対して拒絶反応を起こしてしまう者もいました。僕を育ててくれた人も最期まで人間を嫌っていた。もう、誰もそんな思いをしてほしくないんです。ここは皆にとって安心できる場所であってほしい」

 それは私も同じだ。だけど私は、彼らにとって生きづらい理由を作っている人間で、部外者。

 「僕も初めは反対していたんです。新しいエネルギー源を作ることに。ましてや人の子の力を借りて作るものなど、良いようには思えなかった。……ですがアカリさんを見ていたら、そんな風に考えていた自分が恥ずかしくなりました」

 「えっ」

 「あなたは僕たちに優しく接してくれる。子どもたちに笑ってほしいと、そう心から願っているのが伝わってきました。だから、この町の未来を託したい」

 その言葉に心臓が強く揺れ動いた。

 行動を起こさなければ何も変わらない。眠っている思いにも気づけない。そう分かったから、前を向いた。

 私の行動が、思いが、願いが、彼を変えた。覚悟を決めて挑むことに、無駄なものなんてないのだと気づかせてくれた。

 「ありがとうございます……」

 絞り出した声に、オルドさんは優しく笑ってくれた。


 「本来なら我々は人間とは交わらないものです。それに、元々人間だったのだから恨んだり妬んだり嫌ったりなどの感情は生まれないもの」

 そっと告げられた大きな事実に、驚いたのは少しだけ。そして自然と隣にいる人を見ていた。

 「……っ」

 クラネスさんの瞳が一瞬揺れた。その瞬間、以前彼が私に話そうとしてやめた話があったことを思い出した。


 人間だったというのは、前世と言われるもの。
 そう言われているだけで、彼らに人間だった頃の記憶があるわけではない。
 そして一度この町へ来たら、もう二度とこの世界に来ることはないという。
 何があってこの町へ来ることになったのか、前世で悪人だったからなのか善人でも関係ないのか分からない。単なる都市伝説のようなものだ。
 しかしこの話を聞かされた誰もが納得してしまうらしい。

 「来世では報われてくれるといいですよね」

 それはまるで他人事のようだった。
 そんな風に言うのは、現世の言葉は来世の自分には届かないと分かっているから。

 その寂しげな笑顔が、胸を締めつける。