オルドさんの元を訪ねる三日前。

 「いよいよ五人目の交渉ですか」

 この時、おひさま園という場所があることを初めて知った。

 「今回の相手は先生だな。子どもたちの面倒を一日中見ているから園に直接訪ねに行くわけだが」

 子ども、園、面倒を見る。まず不安だったのが。

 「私、年の離れた子たちと話すの小学生以来なんですけど大丈夫ですかね」

 同級生と話すことすらなかった自分が、一回りも違う子どもと上手くやれるのか自信がない。

 クラネスさんはおひさま園に月一で顔を出しているらしく、その時に作ったおもちゃを必ず持って行く。それで子どもたちの人気者となってしまい、毎回数時間拘束されているという。

 交渉のアポを取りに行った時、その日は子どもたちと一緒に遊んであげてほしいと言われ、今回私は子どもたちの相手役としておひさま園にお邪魔する。

 「子どもって勘がよかったりしますよね。私が人間だってバレたりしないですか」

 「そこら辺は探られないように頑張れ」

 「いつにも増して適当なアドバイスですね」

 探られないようにするなら、私が子どもたちのことを知っておけばなんとかなるのではないかと思い、とりあえず子どもたちの情報を収集することにした。名前と容姿の特徴、好きなことや嫌いなこと。クラスでの過ごし方など、クラネスさんから知っている情報を聞き出した。

 「さすが毎回子どもたちと遊んでるだけありますね。これだけあればなんとかなりそうです」

 「遊ばれているの間違いだろ。あいつらは俺のことおもちゃとしか思ってないからな」

 今までにない緊張感があるけれど、私が不安そうにしていると、子どもたちにまでそれが伝わってしまうこともある。だからとにかく笑顔だ。笑っていればなんとかなるだろう。

 そう思っていたのは杞憂で、実際子どもたちと話していると自然と笑顔になっていた。

 「アカリちゃん!」
 「遊ぼ!」

 子どもって凄いな。見ているだけで元気になれるし励まされる。
 今日一緒に過ごすのは、オルド先生が担当している三歳から六歳の子どもたち十人。

 この施設には他にも0歳クラスや一、二歳の子たちがいるクラスもある。
 私たちがいるのは二階で、一階にはまだ歩くことができない小さな子を含めた十人。合計二十人の子どもがここいる。
 おひさま園は町で唯一の子どもが集まる場所。そんな場所がある理由についてクラネスさんから聞いた。この世界に住んでいる人たちに共通する重要な秘密を。


 「アカリお姉ちゃんは、クラネスさんと友達なの?」
 ここへ来て最初に声をかけてくれたアズキちゃん。

 「クラネスさんのところで色々お手伝いしてるんだよ」

 「アカリちゃんこの絵本読んで」
 絵本が好きなマリーちゃん。

 「アカリ!俺たちと勝負しようぜ」
 確かこの二人はよく喧嘩をしているカイくんとサージくん。勝負事が好きな、このクラスの最年長。

 前後左右、声がかかるタイミングはバラバラ。分かってはいたけれど、これは大変だ。耳と腕がもう二セットずつ欲しい。

 「こらこら、アカリさんを困らせてはいけないよ。みんなで仲良くね」

 子どもたちの声に埋もれてしまいそうなところに先生が来てくれた。

 「すみませんオルドさん」

 「いえ、一応この部屋にはいますので何かあれば声をかけてください」

 そう言って仕切りを挟んだ場所にクラネスさんと移動した。
 この部屋には子どもたちが遊ぶスペースと、来客用に作られた休憩スペースがある。同じ部屋にいるとはいえ、私一人で対応できるか分からない。

 「あ!掃除してた姉ちゃんだ」
 外から帰ってきた子が私を見て声を上げた。

 「やっぱり!あの時のガクくんだったんだね」
 リィンさんの店で掃き掃除をしていた時、私に挨拶をしてくれた子がいた。それが彼だ。

 「ガっくん、お姉さんと知り合いだったんだ」
 「わっ!ライカちゃん……びっくりした」
 いつの間にか私の背後に立っていた彼女は、気配を消すのが上手いミステリアスな子。

 「この前町で見かけたんだ。その時は掃除してたけど、今日はここに来たんだ」
 「まぁ色々あってね」
 ガクくんとライカちゃんは同い年で仲が良いらしい。雰囲気も大人びていて、私の素性に気づく可能性が最も高い二人。

 「アカリ……膝枕」
 そしてブランケットを持って寄って来る子が一人。

 「ひざっ、え」
 どこでも眠るアロくん。私の膝を枕にして、あっという間に眠ってしまった。

 立ち替わりみんなが寄って来てくれるので順番に喋りながら部屋を見渡す。
 あ、あそこにいるのはコウちゃんだ。一人遊びが好きで、よく隅っこにいるから気にかけてあげてほしいと言われていた。ちょっと呼んでみよう。

 「コウ……」
 「びやぁぁぁぁぁ!」
 声が一瞬で掻き消された。
 泣き虫なサイトくん。このクラスの最年少で、なんと彼は伝説族のミニドラゴン。

 「どうしたの?」
 左腕に泣きつくサイトくんの頭を撫でながら訊ねるも答えてはくれない。

 「サイト、おもちゃ壊れて泣いちゃったの」
 そこへしっかり者のリンちゃんが声をかけてくれた。

 何とかしてあげたいけれど、おもちゃ壊れたはどうにもできない……。
 あぁ、だめだ。顔と名前その他諸々覚えても上手くいかない。頭パンクしそう。

 よし、こうなったら。

 「絵本読むからみんな集まれー!」

 私はマリーちゃんが持ってきてくれた絵本を読むことにした。絵本の読み聞かせは、やったことないけれど今はこれしか思いつかなかった。
 隅っこにいたコウちゃんも、眠っていたアロくんも起きて私の周りに座ってくれた。
 みんながこっち見てる……いや、緊張してる場合じゃない。
 声を上げて、本を持ち上げた。

 「それじゃあ、お話の始まりでーす!」