静かな時の中で、そっと息を吐く音が聞こえた。

 「そうだね。僕を信じてくれる人が信じるものを、僕が否定してしまうのは違う気がする。僕は僕らしく、これからも信じてくれる人のために生きるよ」

 その笑顔にはまだ迷いが残っていたけれど、瞳には光が見えていた。

 「それにしても不思議だね。クラネスにも君と似たようなことを言われたよ。やっぱり一緒にいると考え方も似てくるのかな?」

 「えっ」


 私には彼の気持ちを理解することは難しいのかもしれない。何も知らないくせに、そう思われても仕方がないと思っていた。だけど今日初めて会った私の言葉に耳を傾けてくれた。それだけで十分だった。
 本当はもっと知りたいことがあるけれど、これから先クロムさんの近くにいられるのは私じゃない。

 「今までそんなこと一度も口にしなかったのに、俺がいないところだと簡単に吐いてしまうんだな。何か隠していると思ったらそういうことだったか」

 「クラネスさん!?いつからそこに?」

 ドアを開けて入ってきたのはクラネスさんだった。話を聞いていたのか、あまりにもタイミングが良すぎる。

 「クラネスには消えても言えないと本能的に思っていたのかもしれないね。君の前では強がっていたかったのかも」

 クロムさんは驚いていなかった。もしかして気づいていたのかもしれない。


 「いい人を見つけたね」

 今度は私の方に笑顔を向けてくれた。

 「灯は自慢の助手だ」

 その言葉に照れくさくなって、私は話を逸らした。

 「クロムさんは、どんな世界を望みますか?」

 彼に訊ねたのは未来のこと。

 「この世界は完成されているように見えるけど、実際は何か抜け落ちている未完成な世界。完全に完成されたものなんてこの世にはないけど、完成させるためにはどうすればいいか悩み続けられる世界であってほしいな」

 完成を求めるのではなく、その過程を考え続けられる未来を望む、クロムさんらしい答え。


 「ありがとう灯さん。君に会えてよかったよ」



 クロムさんに別れを告げ、クラネスさんと帰り道を歩いていた。

 信じるか。思いを伝えるのに必死だったとは言え、あれはブーメランだった。
 自分より少し前を歩く、見慣れた背中を見つめる。
 私も信じて、聞かなければならないことがある。
 あのリストのこと。
 彼は私に答えをくれるだろうか。
 一番下の塗りつぶされた項目。ライトに照らした時、見えた文字は。


 【持ち主、有明灯――必要なもの……歌声】


 私は動かしていた足を止めた。
 クラネスさんもそれに気づいて、合わせて止まってくれた。

 「クラネスさん。聞きたいことがあります」