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不思議な人。確かにあの感じだとその言葉が合うのかもしれない。
約束の時間まで、私はクロムさんのことを考えていた。
町では正午を知らせる鐘が鳴っている。
『あまり気負わなくていい』
クラネスさんにアドバイスを求めると、それだけ言われた。
そしてもうひとつ。コンタクトは、つけない。
ゆっくりと深呼吸をする。
「よし!」
私は図書館の前の階段を一気に駆け上がった。
館内の一階には何室か談話室がある。
言われた場所のドアを叩くと中から声が返ってきた。
「失礼します」
部屋の真ん中にはテーブルとソファー。壁側にも小さめのテーブルとイスがあり、本やノートが広げられていた。
「いらっしゃい。クロム・ランナイトです」
朝市で会った時には見えなかった顔が見える。
今は帽子もトレンチコートも着ていない。服はカッターシャツの上にカーディガンを羽織り、黒縁メガネをかけている。
「アカリです。よろしくお願いします」
こんな形で挨拶をすると緊張してしまう。
いきなり本題に入ってもいいのだろうか。モモさんやリィンさんの時の雰囲気とは違って、次に話す言葉が浮かんでこない。
焦燥に駆られる私とは対照的に、クロムさんは落ち着いていた。
「クラネスから話は聞いていて、灯さんのことは知っているんだ。別の世界の住人だろ?」
「……はい」
なるほど。クロムさんは知ってる側の人なのか。
正体を知られているなら私が身構える必要ないんだろうけど、緊張は解けてくれない。
「クラネスが今やっている研究のことも知ってる」
それなら話は早い。早速譲ってもらえないか交渉をしよう。
「少し、僕の話をしてもいいかな?」
「え?あ、はい」
なんだろう。さっきからクロムさんのペースに流されている気がする。この感じ誰かに似ている。
それから一呼吸おいてクロムさんは話し始めた。
「クラネスと僕は十八年ほどの付き合いで、僕が初めて出会った見える人だった」
「見える人?」
十八年ということはエイトさんよりも長い。
クロムさんは視線を上げて私と目を合わせた。
少しだけ、その瞳は霞んでいるように見えた。
「僕はね、透明人間なんだよ」
透明人間。本で見た。
伝説妖怪族と呼ばれ、この世でたった一人しか存在しないとされている者。というのは単なる言い伝えであり、本当に会った者はいないと書かれていた。
透明人間は妖怪であるが、一人しかいないため伝説族となっている。しかし透明であるがゆえ、誰からも見えないし、誰にも知られていない。
「本物、ですか?」
クロムさんの言葉を疑っているわけではない。しかし言い伝えであると書かれている人が、今目の前にいることも信じられなかった。
「それなら、これをかけてごらん」
そう言ってクロムさんは手元にあったケースからメガネを取り出して私に渡した。
「あ……」
渡されたメガネをかけると、目の前にはイスに座っている服と宙に浮いているメガネだけが残っていた。
顔が見えない。私は急いでメガネを外した。
そこにはちゃんとクロムさんがいた。
「このメガネって」
「これは僕が作ったんだ。見えないものを見えるようにするメガネ。これに似たものを、灯さんは知っているんじゃないかな?」
見えないものを見えるようにする……。
「コンタクト」
クラネスさんからもらった真実を映すコンタクト。私が見えていない町の人の本来の姿を映すもの。
「彼が僕を見つけてくれた時に作り方を教えてもらったんだ」
それからクロムさんは、クラネスさんと出会った時のことを教えてくれた。
不思議な人。確かにあの感じだとその言葉が合うのかもしれない。
約束の時間まで、私はクロムさんのことを考えていた。
町では正午を知らせる鐘が鳴っている。
『あまり気負わなくていい』
クラネスさんにアドバイスを求めると、それだけ言われた。
そしてもうひとつ。コンタクトは、つけない。
ゆっくりと深呼吸をする。
「よし!」
私は図書館の前の階段を一気に駆け上がった。
館内の一階には何室か談話室がある。
言われた場所のドアを叩くと中から声が返ってきた。
「失礼します」
部屋の真ん中にはテーブルとソファー。壁側にも小さめのテーブルとイスがあり、本やノートが広げられていた。
「いらっしゃい。クロム・ランナイトです」
朝市で会った時には見えなかった顔が見える。
今は帽子もトレンチコートも着ていない。服はカッターシャツの上にカーディガンを羽織り、黒縁メガネをかけている。
「アカリです。よろしくお願いします」
こんな形で挨拶をすると緊張してしまう。
いきなり本題に入ってもいいのだろうか。モモさんやリィンさんの時の雰囲気とは違って、次に話す言葉が浮かんでこない。
焦燥に駆られる私とは対照的に、クロムさんは落ち着いていた。
「クラネスから話は聞いていて、灯さんのことは知っているんだ。別の世界の住人だろ?」
「……はい」
なるほど。クロムさんは知ってる側の人なのか。
正体を知られているなら私が身構える必要ないんだろうけど、緊張は解けてくれない。
「クラネスが今やっている研究のことも知ってる」
それなら話は早い。早速譲ってもらえないか交渉をしよう。
「少し、僕の話をしてもいいかな?」
「え?あ、はい」
なんだろう。さっきからクロムさんのペースに流されている気がする。この感じ誰かに似ている。
それから一呼吸おいてクロムさんは話し始めた。
「クラネスと僕は十八年ほどの付き合いで、僕が初めて出会った見える人だった」
「見える人?」
十八年ということはエイトさんよりも長い。
クロムさんは視線を上げて私と目を合わせた。
少しだけ、その瞳は霞んでいるように見えた。
「僕はね、透明人間なんだよ」
透明人間。本で見た。
伝説妖怪族と呼ばれ、この世でたった一人しか存在しないとされている者。というのは単なる言い伝えであり、本当に会った者はいないと書かれていた。
透明人間は妖怪であるが、一人しかいないため伝説族となっている。しかし透明であるがゆえ、誰からも見えないし、誰にも知られていない。
「本物、ですか?」
クロムさんの言葉を疑っているわけではない。しかし言い伝えであると書かれている人が、今目の前にいることも信じられなかった。
「それなら、これをかけてごらん」
そう言ってクロムさんは手元にあったケースからメガネを取り出して私に渡した。
「あ……」
渡されたメガネをかけると、目の前にはイスに座っている服と宙に浮いているメガネだけが残っていた。
顔が見えない。私は急いでメガネを外した。
そこにはちゃんとクロムさんがいた。
「このメガネって」
「これは僕が作ったんだ。見えないものを見えるようにするメガネ。これに似たものを、灯さんは知っているんじゃないかな?」
見えないものを見えるようにする……。
「コンタクト」
クラネスさんからもらった真実を映すコンタクト。私が見えていない町の人の本来の姿を映すもの。
「彼が僕を見つけてくれた時に作り方を教えてもらったんだ」
それからクロムさんは、クラネスさんと出会った時のことを教えてくれた。