「えぇ!?記憶がない?」

 モモさんの家に来て早々、昨夜の話題になった。
 リィンさんに手紙で呼び出され、目が覚めたらベッドにいて、お酒を飲んだ後の記憶が消えていたという一連の流れを説明した。

 「リィンとの約束なんて無視すればいいのに」

 私は「次誘われたら断りますよ」と笑って見せた。



 午後からお茶会をしようと誘われたのが先週。今日はモモさんお気に入りのガトーショコラと紅茶が並べられている。
 一口食べると、しっとりとした食感に濃厚なチョコレートが口に広がった。

 「これ美味しいです!」

 「気に入ってもらえてよかったわ」

 この町でも有名なケーキショップのもので、特に人気のガトーショコラは不定期に販売されるにも関わらず、あっという間に売り切れてしまうらしい。

 モモさんの零れる笑顔が可愛らしい。
 彼女の入れてくれた紅茶も味わいながら、ある人のことを聞いてみた。

 「モモさん。クロム・ランナイトという方を知ってますか?」

 ここへ来る前にクラネスさんから聞いた四人目の持ち主。

 「ええ、とても優しい方よ。柔らかい雰囲気で話し方も穏やかで。一度しかお会いしたことがないけれど、少し不思議な感じだったわ」

 不思議。私からしてみたら、ここにいる人たちみんなそうなんだけどな。

 「それにしても、よく彼のことを知ってたわね」

 そう話すモモさんは驚いていた。

 「え、そんなに変わってる方なんですか?」

 「変わっているというか、この町で彼のことを知っているのは私とクラネスくらいよ?」

 会ったことがあるのではなく、知っている人が二人しかいない。この町はあまり大きくないし、ずっと住んでいるなら一度くらい会っていてもおかしくない気はする。
 もしかしてクロムさんは、滅多に外に出ない人なのだろうか。

 「研究の手伝いで会うことになったんです。だから、どんな方なのかなって」

 「あぁ、クラネスの。私もあいつの紹介で一度服を仕立てたの」

 モモさんの話によると、初めて来店した日にクロムさんのことを知ったらしい。

 「詳しいことは分からないけど、アカリなら大丈夫よ」

 「そうですかね……」

 思わず不安が顔に出てしまった。一人で交渉に行くこということがプレッシャーになっているのかもしれない。
 それを見たモモさんは二コッと笑った。

 「いい?自分の選択次第で、自分は変えられるのよ。アカリの信じるアカリがいるなら、その思いに真っ直ぐ向き合うの。そうすればどんなに不安でも、きっと道は開けるわ」

 彼女の力強い言葉が私の背中を押した。
 モモさんの前向きなところは私も見習いたい。
 自分を変えるのは、自分しかいないんだ。

 「ありがとうございます、モモさん。私頑張ります!」

 ネガティブ思考を吹き飛ばすように声を上げた。
 それに応えるようにモモさんは「頑張ってね!」と手を握ってくれた。