家に帰ると、一通の手紙が届いていた。
 差出人はリィンさん。内容は、[明日の夕方から付き合え] とのこと。場所は酒場でそれ以上のことは書かれていなかった。

 「酒場って……私まだ飲めないんですけど」

 「この世界では十六から飲酒可能だ。だから問題ない」

 郷に入っては郷に従えということか。

 「それに、この酒場はシュベルトが経営しているから大丈夫だ」

 シュベルトさんって酒場のマスターだったんだ。それならまぁ、行ってもいいかな。



 そして約束の日。

 「なんでクラネスまでいるんだよ」

 「別に一人で来いなんて書いてなかったじゃないですか」

 さすがに一人では不安だった。そもそも私一人を呼ぶ理由が分からない。クラネスさんには先日のお詫びではないかと言われたけれど。

 「リィンの扱いがクラネスと似てきたな」

 シュベルトさんが声をかけてくれた。

 「素直に応じたことを褒めていただきたいくらいです」

 なんて口では言っているけれど、レンガの壁にオレンジ色のライト、木製のテーブルとイス、陽気なBGMが似合う店内。賑わう声と一緒にお酒の匂いが鼻腔をくすぐる。
 ファンタジー世界の酒場……本当にこんな場所があるんだ。
 中には自分とあまり歳の離れていなさそうな人もいる。


 「お嬢さんにはアルコール度数の低い果実酒を用意しておいた。初めてだから無理はするなよ」

 「ありがとうございます」

 シュベルトさんからグラスを受け取った。

 「冷たっ。……いただいきます」

 そっとグラスに口をつける。

 「……ん!」

 含んだ瞬間、口の中に爽やかな香りが広がった。甘くて飲みやすい。これマスカットだ。あとから少し苦味がくる。これがお酒……。
 初めての味に戸惑いながら、もう一口飲んだ。

 「美味いか?」

 隣に座るクラネスさんが聞いてきた。
 無理に行かなくてもいいと一度は引き止められていたけれど、興味があった私は行きますと言った。

 「はい。美味しいです!」

 そう笑顔で答えたので、結果ここに来てよかったのだと思う。



 三人の手元にグラスが行き渡ったところでリィンさんに訊ねた。

 「というか、今日は何か用があって呼び出したんじゃないんですか?」

 特に重要な話もなく、ただ雑談をしている時間が続いていた。

 「いや、特には」

 お酒を一気に飲み干したリィンさんは、あっさりと言った。

 「え」

 その正直すぎる答えに思わず気の抜けた声が出てしまった。

 「そういやこういうやつだったな。前にも突然声をかけられて何事かと思ったら、ただ飲みに付き合わされた」

 彼の寝ること以外のストレス発散方法がこれだという。
 確かに仕事終わりに飲みに行く大人もいるくらいだから、納得できなくもない。

 「それならモモさんも呼びましょうよ」

 私はリィンさんに言った。

 「あいつは酒飲めねぇよ」

 「そうなんですか?」

 「一応アルコール以外もあるが、モモはこういう席苦手だからな」

 おつまみを持ってきてくれたシュベルトさんが教えてくれた。
 言われてみれば酒場にいるモモさん、イメージないかも。上品な子だしアフタヌーンティーの方が似合うだろうな。


 「リィンさんの仕事ってそんなに大変なんですか?」

 「あの店にいることだけが俺の仕事じゃねぇからな」

 「そういえば昔、裏で怪しい取引してるって噂もあったな」

 「え……」

 シュベルトさん、軽い口調で言ってますけど全然笑えないです。この人ならやりかねない。

 「それはただの噂だ。お前も何でもかんでも鵜呑みにすんじゃねぇよ」

 「すみません」

 「でもまぁ公にできることをしてるわけじゃねぇし、あながち間違いでもないのか」

 リィンさん、やはり只者じゃない……。

 「生きてる限り願うだけじゃ何も変わんねぇから、有限の時間の中では強欲なくらいがちょうどいいんだよ」

 「確かにそうかもしれませんけど、さすがに闇取引はちょっと…… 」

 「だから違ぇよ」

 知ってる。今のはわざとからかってみた。

 お酒を片手にこんな風に話ができる日が来るなんて思ってなかった。
 これは、思った以上に楽しいかもしれない。



 「クラネスさんはお酒強いんですか?」

 リィンさんは見ての通り楽しそうに二杯目を飲んでいるから聞かなかった。

 「強いというわけではないが、それなりには飲める」

 普段家にいる時はお酒飲まないし、冷蔵庫にも入っていない。この人のことだから、私がいるから飲まないようにしているのかもしれないけれど。


 「そういやクラネス。頼まれていたものが用意できたから、また明日にでも取りに来てくれ」

 「ありがとう。明日の午前は予定があるから灯、頼めるか?」

 「もちろんです!」

 すると、私の顔を見たシュベルトさんが心配そうにしていた。

 「お嬢さん、顔赤くないか?」

 「え?そうですかね」

 まだ半分くらいしか飲んでいないし、特に異変は感じていなかった。

 「私、顔に出ちゃうタイプなんですかね?初めてだから分かんなくて」

 「それならいいが……」

 でも顔が赤いと言われてから何となくふわふわした感覚になっているような気もした。



 酒場に来てしばらく経った頃、リィンさんが眠ってしまった。この光景はお決まりらしく、飲みに誘うのもこれが目的らしい。

 「悪い大人だ。灯はこうなるなよ」

 リィンさんが眠ったのを確認したクラネスさんが言った。
 そう、言われた気がした。

 「あー、はい。努力はしたいんですけど……すみません。なんかさっきからクラネスさんが二人見えるんですけど、これ幻覚ですか?」

 ぼんやりとした意識の中、呂律の回らない声で話す。

 「……嘘だろ」

 それから先は記憶がない。