「灯さんは、私の本来の姿を知っていますか?」

 縁側でお茶を飲みながらエイトさんの話を聞くことになった。
 エイトさんと会うのは鏡の部屋へ行った翌日以来。

 知らないと答えた私に、エイトさんは自身のことについて話してくれた。

 「私は伝説族の龍です。町で暮らすには体が大きすぎて不便なため、先代から譲り受けたこの家に住んでいます。ですが普段から彼の香水をつけているので、龍の姿になることは滅多にありません」

 私が読んだ本の中に、龍の存在は稀であると書かれていた。他にもこの世界を支配する者、天地を操る神など様々な異名があった。それが事実か聞いてみると、「そんな力はありませんよ」と笑っていた。

 「やっているのは、この町をまとめることくらいですかね。天や地を操る力はなくとも継ぐ資格のあった私が、町長という肩書きを借りています」

 継ぐ資格。肩書き。町長がエイトさんでなければならない理由。今の一言が胸に引っかかる。

 「町長と言っても、主な仕事は鏡の部屋の管理」

 「あ、だから鍵を……」

 部外者の私が鏡の部屋に入れたのは、エイトさんから預かった鍵があったから。
 彼は私の言葉に頷いた。

 「町長はこの町に必要な存在なので、今いる誰かが引き受けなければならなかった」


 それから全てを聞いた。
 町長になれるのは伝説族であることが条件で、引き継がれる時期は先代の町長が亡くなってから。
 鏡の部屋にある鏡が一つ壊れたら町長は亡くなってしまうという。
 鏡が壊れない限り死ねないし、それがいつになるか分からない。一年後か、十年後か、もっと先か。


 「可能性として、いつか町長一人になってしまう未来が来るかもしれない。町を置いて鏡が消えることはありませんから……こんな思いを他の者には背負わせたくありませんでした」

 その可能性を理解した上で、エイトさんは町長になることを選んだ。
 そして、思いを語る瞳が前を向くことはなかった。

 「ですが、いつかは散りゆく命。いずれ誰かに役目を引き継がなければならない時が来る。それだけは避けたかった。ですから、クラネスに頼んだのです」

 そう言ってエイトさんは内ポケットから桜の花びらを取り出した。

 「この桜には、私の時を止める力があります。町長は鏡と繋がることで役目が始まり、その鏡が壊れることで命が終わります。ならば自らの時間を止めてしまえば、鏡が壊れることはないだろう。終わりが来ることはないと、思ったのです」

 「あれはもう十年ほど前になるのか。懐かしいな、俺がエイトに追いついてしまった」

 クラネスさんはエイトさんと同い年だと言っていた。それはエイトさんが、クラネスさんに桜の木を依頼した歳で止まっているということ。あの桜にそんな力があったなんて。

 「どうして、そこまでして」

 聞かずにはいられなかった。
 そんな悲しい顔をしているのに、どうして……。


 「彼を信じたからです」

 クラネスさんを信じる。
 その目は真っ直ぐに彼を見据えていた。

 「あれはまだクラネスが幼かった頃、突然言い出したのです。「この町を変えてやる」と。初めは何を馬鹿げたことを言っているのかと思いました。ですが、彼が作り出す品はどれも素晴らしく、常に新しいものを生み出していた。そんな彼ならば、やってのけるだろうと信じてみたくなりました。私もそうなればいいと思っていたから」

 鏡がなくとも、人の夢がなくとも、成り立つ町。
 夜が来れば朝が来るように、日が昇れば明るくなるように、この町に存在している当たり前を彼は終わらせようとしている。そこにどれほどの思いや覚悟があったのか、私には計り知れない。

 でも確かに、この町の人たちの信頼も笑顔も全てクラネスさんが築き上げてきたものだ。


 そして桜が全て散った時、時間を止める効果は消えることも聞いた。


 「前にも言ったが、このやり方に賛成してくれている者もいれば、そうでない者もいる。これは俺のエゴなんだ」

 今やろうとしていることが正しいか分からない。だけど彼を信じている人もいて、力を貸してくれる人もいる。

 「それでもそちらが当たり前となれば、いずれは馴染むものです。少なくとも今よりは良き町になると、私は信じていますよ」

 新しいものの始まりを意味する桜を選んだというのは、新しい始まりを待ち望んでいるというエイトさんの願いからなのだろうか。


 「エイトさんにとって、この町はどんな場所ですか?」

 「存在しているものは、常に変わりゆく。それはこの町も同じだ。いつかは変わらなければならないものだと思っている」

 そう語る視線は、遠くの空を見つめていた。