朝、太陽の光で目が覚めた。そしてなぜか右手に違和感があった。が、見てもなんともない。
 気のせいだろうと、とりあえず体を起こした。
 眠ったおかげで疲れは取れ、熱は下がっていた。
 よかったと安心したところで、ある気配に気づいた。
 部屋の端に目をやると、なぜかイスに座ったまま眠っているクラネスさんがいた。

 ……え、なんで?

 いつから?全く記憶がない。昨日部屋を出たのは見ていたはず。ということはその後?
 一人焦って必死に思い出そうと頭を抱える。

 するとクラネスさんが目を覚ました。
 それを見た私は反射的に布団をばっと顔まで引き寄せた。

 「な、なんでいるんですか」

 不審がる私にクラネスさんは当然のように答えた。

 「お前が置いていくなと言ったからだ」

 ……。

 嘘だと信じたい。だけれどそんなことを言ったような気もする。
 そう思ったのは、昨夜見た夢を覚えていたから。



 「居心地の悪い夢でも見ていたのか?」

 置いていくなと言った記憶は完全に抜け落ちているけれど、言い訳をするには夢の話をするしかない。


 「よく見る夢があるんです」

 普通の夢ならすぐに忘れてしまうけれど、あの夢だけは何度も見てきたからはっきりと思い出せる。

 「何もない空間に、一つの影が現れるんです。その影は話しかけても答えないし動かない。だけど私が手を伸ばそうとすると逃げる。追いかけても追いつけない、そんな夢」

 私はその影を母親だと思っていた。
 熱を出すと無性に不安になって寂しくなるから、あんな夢を見る。
 子どもの頃はそれだけだったけれど、本当に失ってしまった今は、もう会えないから、届かないから追うのは諦めろと言われているみたいで嫌だった。

 「つまりですね、夢が原因で」

 「前に、夢で会ったという話をしたのを覚えているか?」

 突然話を遮られた。

 「……私は会った記憶ないですけど」

 最近の夢ですら覚えていないのに、それが小さい頃だったら尚更。

 「覚えていなくて当然だ。夢で会った時はこの姿でも、吸血鬼の姿でもなかったからな」

 真剣に話す姿勢に嘘は見えない。

 「お前は影の夢をよく見ると言ったな。その夢は嫌いか?」

 昔は、目が覚めると熱が出ていたから嫌いと答えたかもしれない。
 でも今は違う。自分が何に対してどう思っているのか、ちゃんと分かっているから。

 「嫌いというか、怖かったです。影が怖いというより、置いていかれるのが怖かった」

 必死に手を伸ばすほど、あの影を必要としていた。一人になるのが怖かったんだと思う。

 私の言葉に表情を変えることなくクラネスさんは告げた。

 「ではその影が俺だと言ったら、信じるか?」

 「えっ」

 あの影が、クラネスさん?
 疑問符を浮かべる私にクラネスさんは「面白い話をしてやろう」と言った。