次の日、プラチナを受け取りに店へ向かうと外でリィンさんが待っていた。
朝早くにクラネスさんの家から帰っていたらしいけれど、全く気づかなかった。
「ほらよ、約束の品だ」
確認すると袋には少量のプラチナが入っていた。
「それと昨日は悪かったな。あんまり記憶がなくて、起きたら"早く帰れ"ってメモがあったから、またやらかしたのかと」
そう話す顔は落ち込んでいるようにも見えた。昨日のことを覚えてないくらい疲れていたのだろうか。
「昨日のは十分やらかしていると思うが」
クラネスさんの目は冷たかった。
それに昨日からリィンさんに対する視線がちょっと怖いんだよな。私のせいなんだろうけど。
「別に気にしてないですから!」
全く気にしてないわけではないけれど、ここはそういうことにしておこう。リィンさんだって悪気があったわけじゃないんだし。今回はたまたまだったと信じたい。
そこへ聞き覚えのある声が響いた。
「あれ?アカリだ!」
前から走ってくるのはピンクのワンピースを着た可愛らしい女の子。
「モモさん!」
駆け寄ってきたモモさんは、私とリィンさんの顔を交互に見ていた。
「リィンと知り合いだったの?」
知り合いというか雑用係というか。
「実は昨日会ったばかりで」
そう言うとリィンさんに引き寄せられた。
「知り合いよりも深い関係だよな」
「何言って……」
顔を上げると、長いまつ毛に空色の瞳、艶やかな唇がすぐそこにあった。文句なしの整った顔立ち。サラサラの髪が視界をくすぐる。
近い……。
さっきまで落ち込んでいたのは芝居だったのか、晴れやかな顔をしていた。
絶対今の状況を楽しんでる。お願いだから変なこと言わないで。
「……」
モモさんが分かりやすくショックを受けている。これは早く誤解を解かないと。
「モモさんこれは」
「あんたなんかとアカリがそんな関係なわけないでしょ!どう見てもアカリ困ってるじゃない!」
それは、リィンさんのことを知っているような口ぶりだった。
クラネスさんの話をしていた時よりも勢いがすごい。
するとモモさんに右腕を掴まれた。
「アカリ!こんなやつ放っておいて今から家に来ない?新しい紅茶が入ったの」
えぇ……。
「悪いが俺はこいつに用がある。お子さまは引っ込んでろ」
あぁ……大変なことになってしまった。
二人に挟まれて、完全に”私のために喧嘩をしないで”というシチュエーションだ。
そして、この様子を何も言わずに眺めている人がいた。
「あのクラネスさん、突っ立ってないで助けてください」
まじまじとこちらを観察しているクラネスさん。
「なかなか面白い絵だな」
面白がるところじゃないです。
「ではこうしよう、灯は今から俺の実験の手伝いをしてもらう」
「なんでそうなる!」
「なんでそうなるの!」
二人は口を揃えて言ったけれど、私は助かった。
モモさんはリィンさんの店の常連で、私のバレッタについているオパールもそこで購入したものだという。
以前ある人に依頼され、服のデザインを一緒に考えたことがあったらしい。仕事以外での相性は最悪だけれど、お互い妥協を許さない人たちなので、その仕上がりは素晴らしく後に依頼が殺到したそうだ。しかし二人とも共同作業はもうやりたくないと、依頼は受けていないという話を聞いた。
家に着いて早々、クラネスさんは作業部屋にこもってしまった。
私は買い出しに行ったり、部屋の掃除をしたり、ほとんど動き回っていた。
そして一通り終えて休憩していた時、ある異変を感じた。
……寒い。
この世界に四季はなく、年中春のような暖かい日差しが降り注いでいるため寒さとは無縁の環境だ。
やってしまったかもしれない。
それは時間が経つにつれてひどくなっていった。
頭が上手く働かない。背中がゾワゾワする。指先の感覚が敏感になって、体がだるく熱っぽい。
「風邪だな」
リビングで丸まっているところをクラネスさんに発見され、部屋で寝るように言われた。
慣れない生活が続いたからだろう。環境の変化や溜まった疲労が体に負担をかけていた。今日までなんともなかったのが不思議なくらいだ。
「飲み物とタオルは置いてある。他に何か必要なものはあるか?」
クラネスさんに迷惑をかけるわけにはいかない。早く治さなければ。
「すみません、ありがとうございます。とりあえず今は寝ます」
クラネスさんが部屋を出たのを確認した後、私は目を閉じた。