メイド服からワンピースに着替え、ぐーっと伸びをした。
 普段使わない筋肉を使ったせいで、体が悲鳴を上げている。掃除ってこんなに大変だったっけ。

 「お前、結構いい仕事するじゃん」

 リィンさんの仕事も終わったのか、屋敷に戻ってきた。

 「それはどうもありが……え、ちょっ!?きゃああああ!」

 今の間に何が起きたのか整理すると、玄関から入ってきたヘビのリィンさんがこちらに近づいてきて、迷うことなく私の左足に絡みついてきた。

 「あ、あの……」

 足首から脹脛(ふくらはぎ)にかけてぐるりと巻きついている。

 「これは一体……」

 「休憩」

 スカートの中から声がする……。なにこれ。
 こんな状態誰かに見られたら間違いなく怪しまれる。

 そこから一、二分何も起こらず、彼はシュルリと下りて来た。
 絡まれると面倒って、こういうこと?





 重たい足を動かして、何とか家に着いた。

 「おかえり……どうした、浮かない顔だな」

 「あ、えっと……」

 できれば気づかれずに部屋まで行きたかったけれど、仕方がない。
 目を泳がせつつも、私はワンピースの裾を少しだけ持ち上げた。

 「すみません……眠ってしまわれたみたいで」

 そう言ってヘビの巻きついている左足を見せた。
 実はあの後もう一度足に巻きつかれ、そのまま眠ってしまったのだ。引き離すこともできたけれど、執事に起きるまでそっとしておいてあげてほしいと言われ、連れて帰って来てしまった。

 「……」

 クラネスさんが固まっている。そして聞いたことないくらいの大きなため息をついた。

 「娘の足で寝るやつがあるか」

 「ぜ、全然平気ですので!」

 「……悪い」

 クラネスさんはリィンさんを引き離してくれた。それでも彼は起きない。

 「こいつは俺の部屋でいいだろ。起きたら勝手に帰るだろうし」

 なんだか手馴れている。こういうことが過去にもあったのだろうか。


 
 一段落して私は今日のことを報告するためにクラネスさんの部屋に来ていた。
 ベッドではヘビのリィンさんが眠っている。

 「久しぶりにあんなに掃除しましたよ」

 結局店にいたのは数時間で、残りは屋敷の掃除をしていた。

 「こいつの家は無駄に広いからな」

 あれを毎回こなしている方には頭が上がらない。


 「それにしても、リィンさんっていつもあんな感じなんですか?」

 人生で初めてヘビに巻きつかれた。
 家に帰るまで隠すのに必死で、変な歩き方していた気がする。町の人に気づかれないかハラハラしっぱなしだった。

 「そうだな。眠る時は基本何かに巻きついている。中でもヒト型の足や腕が居心地いいそうだ」

 私が知っているところの、クッションやぬいぐるみがないと眠れないという感覚に似てるのかもしれない。

 「ストレスを抱えやすいやつで、こいつにとって睡眠は栄養みたいなものだ。俺やシュベルトもよく巻きつかれる。それぞれ居心地のいい場所は違うらしいが……もしかして腕とか足のサイズを測られたか?」

 「あ、えっと……」

 再び目を泳がせる。
 ブレスレットやガーターリングを試させたのってそういう意味だったり……もしかして巻きつくのに腕が細かったから足に?

 「……心当たり、なくはないですけど」

 リィンさんは仲の良い人を見つけるとすぐ体に巻きついてしまうらしい。
 しかしその人と眠るわけにもいかないので、クラネスさんに代わりとなるクッションを依頼したそうだけれど、やはり体に(まさ)るものはないとのこと。


 掃き掃除をしている時、接客をしていたリィンさんが見えた。その仕草や表情からは仕事熱心で誠実な人という印象を受けた。
 そして最初の偉そうな態度から一転、疲れると喋らなくなる人なのか、仕事終わりには口数が減っていたのを思い出した。
 絡まれると面倒だけれど悪い人じゃないんだよね。あまり無理はしないでほしいな。


 「灯も早く休んだ方がいい」

 時刻は深夜を回っていた。

 「そうですね、おやすみなさい」

 部屋に戻ってやることを済ませると、私はすぐに眠ってしまった。