店内は、日本で見かけるジュエリーショップとあまり変わらない。
「お前、名前は?」
「アカリです」
リィンさんの視線が私の頭から足の先までを見据えている。
さっきも思ったけれど、この人すごい見てくる。私そんなに変かな。それとも人間だと気づかれた?
「ちょっとこれつけてみろ」
「え?」
そう言って渡されたのはシルバーチェーンのブレスレットだった。
「最終調節に付き合え」
あぁ、なるほどそういうことか。
理由が分かったところで、私は左手首にブレスレットを合わせた。
アクセサリーなんて滅多にしないから、少し苦戦したけれどなんとかつけられた。
「これでいいですか?」
私が左腕を見せると、リィンさんはメモを取り始めた。
このブレスレット、シンプルなデザインで私には大人っぽい気がする、なんて考えながらしばらくじっと待っているとペンが止まった。
「お前、腕細いな」
「うぇっ!?」
その一言に思わず手を引っ込めた。
運悪く、今日着ているワンピースは七分袖だった。
「じゃあ次こっち」
まだやるんだ。
ブレスレットを返すと今度は、白いレースのガーターリングを渡された。
これって足につけるやつだよね。
「えっと、今つけるんですか?」
「当たり前だろ」
そうだよね。仕事だもんね。
「じゃあ、ちょっとイス借ります」
何もない壁の方を向いて、ガーターリングを太ももまで上げる。
あれ、ぴったりだ。でもこれだとワンピースに隠れちゃうよね。
「あの、リィンさん」
私が後ろを振り返ると、そこに立っていたリィンさんと目が合った。
「分かった、それやるよ」
「え、何が分かったんですか?というかこれ……」
「もう用は済んだから早く掃除しろ。店の窓拭きと外の掃き掃除な」
えぇ……。
やりたいことだけやってリィンさんは店の奥へ行ってしまった。
何がしたかったんだろう。ガーターリングもらっちゃったんだけど、よく分からない。
そんなモヤモヤを抱えながら私は立ち上がった。
やろうか、掃除。
単純な作業は何も考えないでできるから、それに該当する掃除も嫌いじゃない。
窓を見ると、普段からきちんとされているのか、そこまで汚れはない。
おかげで店内の掃除はオープン前に終えることができた。これなら残りもすぐに終わりそうだ。
今度は掃き掃除をするために外へ出る。
朝の柔らかい日差しと風が心地良い。
この町での暮らしにも、だいぶ慣れてきたな。
初めは十秒もたなかった視線が今じゃ前を向いたまま顔を下げないで町を見ることができている。時が経つにつれて、怖いという感情は少しずつ薄れていた。
慣れるとどうにでもなるんだなんて思っていると、後ろからパタパタと走る音が聞こえた。
「お姉ちゃんおはよ!」
突然声をかけられ、振り向くと鬼の子がいた。彼とは初対面だ。だけれどこの子は今、私に挨拶をしてくれた。
「おはよ」
私が挨拶を返すと、にっこり笑ってその子は走っていってしまった。視線で追いかけていると、彼はすれ違う人たちに挨拶をしていた。時折、持っていたカバンから手紙を取り出して町の人に渡している。郵便配達の手伝いをしているのだろうか。
それはどこにでもある普通の光景のはずなのに、寂しく感じてしまうのはどうしてだろう。
「リィンさん、掃き掃除終わりましたー」
店に戻り、彼の姿を探すも見当たらない。
そう言えば香水の効果っていつまで続くんだろう。リィンさんの本来の姿、気になる。
そんなことを考えていると声が聞こえてきた。
「思ってたよりできるやつだな」
そして奥のカウンターから姿を現したのは、緑色のヘビだった。
「じゃ次は、屋敷の方の掃除な」
リィンさんはヘビ。
姿は変わっても相変わらず私の扱いは雑だけれど。
「また掃除ですか。しかも屋敷って、もう店じゃないし」
「ごちゃごちゃ言わずに行ってこい」
私は言われるがまま、店の裏口から屋敷の方へ行った。
屋敷というのはリィンさんの家のことだ。
「アカリさんですね、ではまずこちらの服に着替えていただけますか?」
そこには羊の執事がいた。
そして着替えと言って渡されたのはメイド服。これに着替える必要はあるのだろうか。でもワンピースを汚すわけにもいかないし……はぁ。
ため息をつき、もう二度と着ることはないであろうメイド服に袖を通す。
スカート丈、短い。膝が見える長さのスカートを履いたのはいつぶりだろう。……あ。
鏡に映る自分を見ると、太ももにつけていたガーターリングのリボンが目に入った。
もしかしてあの人、私がこれ着るの知ってて渡した?
コスプレの趣味はないんだけどな。本日二度目のため息をつきながら部屋を出た。
「ではまずこちらのお部屋から……」
目の前に広がる大きなスペースを見て思った。これ終わるの何時間後なんだろう。
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「お疲れ様でした」
全て終わったのは夕方だった。