私たちは今、ジュエリーショップの前にいる。

 「あの、ここに今回の交渉相手様がいらっしゃるとのことで間違いないです?」

 「あぁ」

 目の前には立派な洋館。白い外壁に上品に添えられた金色のライン……漫画でしか見たことないような建物だ。

 「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。あいつは絡まれると面倒だが、悪いやつではない」

 絡まれるという表現を使う時点で危ない気がする。
 私はクラネスさんの隣で怖気づいていた。

 「よぉクラネス。久しぶりだな」

 ドアが開いて中から人が出てきた。

 「悪いな、オープン前に」

 この人もモモさんと同じ香水を持っていると聞いた。彼らと同じく、クラネスさんの作った香水を使っている人は結構いるらしい。
 私が見ている人の姿は幻影であり、その人の性別や性格・特徴などを加味した上で、存在している人間のデータからより合うものをクラネスさんが組み合わせて作っている。それは香水も同じだ。


 彼はリィン・ロット。
 ピアスに指輪、首飾り……。ジュエリーショップのオーナーだからなのか、数種類のアクセサリーを身につけている。
 ドアの前には階段があり、それを一段ずつ下りる度にきらきら光って、揺れて忙しい。


 「いいよ、お前には世話になってるからな」

 今回はクラネスさんがいてくれてよかった。だってこんなチャラチャラした人相手に交渉なんてできる気がしない。

 「頼みがあるんだが、プラチナを少し譲ってもらえないか?」

 二つ目の材料はプラチナ。
 この世界での価値は分からないけれど、私の知っているプラチナは希少金属だ。そんな簡単に譲ってもらえるとは思えない。

 「あー、いいぜ」

 悩んでいる様子もなく、すぐに返事をもらえた。
 え、そんなあっさり?私の役目何もないじゃん。何のためにここへ来たのか、と思ったところでリィンさんと目が合った。

 「一つ条件をつけるなら、こいつを借りる」

 「え?」

 絡まれると面倒だと言われた人に指名されてしまった。

 「ほう。確かお前は女性には興味がなかったんじゃないのか?」

 「そうだけど、なんかこいつ面白そうだし」

 いや、どんな理由だよと心の中でツッコミを入れた。
 暇つぶし相手をしろとか言われそうな勢い。そんなの絶対無理。

 「クラネスのとこで助手してるなら、雑用くらいには使えるだろ」

 これくらいならできるだろ?と言わんばかりの視線が飛んでくる。若干偉そうな態度が癪に障るけれど、それで譲ってもらえるなら安いものだ。

 「雑用くらいならやりますよ」

 断るわけにもいかないし、私は迷うことなく答えた。

 「決まりだな」

 驚くほどにトントン拍子で話が進む。そんな中、クラネスさんだけは表情を曇らせていた。

 「どうかしましたか?」

 気になった私は、リィンさんが一度店へ戻った後に聞いた。

 「あいつは女性に興味がないから、灯に絡むことはないと思っていたんだが……少々面倒なことになったな」

 クラネスさんを唸らせるほどの厄介者。リィンさんってどんな人なんだろう。

 「大丈夫ですよ。むしろこの町の人たちと接することができるいい機会ですし」

 安心してもらえるように私は笑って見せた。

 その後プラチナは明日までに用意するということになり、私はリィンさんの店へ入った。
 別れ際にクラネスさんの口から「何もなければいいがな」と小声が零れていたのを私は聞き逃さなかった。