「モモさん、お話があるのですが」
紅茶を飲み終えたところで、私は本題を持ち出した。
何を譲ってもらうかは聞いている。そしてそれが、その人にとってどんなものなのかも。
「なぁに?」
彼女には回りくどい言い方をするよりも素直に話した方がいい。
私は、マロン色の瞳を真っ直ぐ見つめて切り出した。
「透明なシルクを、譲って頂けませんか?」
透明なシルク。それがクラネスさんから頼まれた最初の材料。
「どうしてそれを知っているの?」
モモさんが驚くのも当然だ。この透明なシルクは、仕立て屋・カーネットにしか存在しないたった一つの生地。それも表では一切出回っていないもので、この町では彼女以外その存在を知らないらしい。
そんな希少なものの情報をどこで手に入れたのかは聞かなかった。
「実は私、クラネスさんのところで助手をやっていて。そのシルクが研究に必要なので譲って頂けないかなと……もちろんタダでとは言いません!」
「クラネスの……」
小さく呟いたその声に背中がゾッとした。
あ、これダメなやつだ。そう思うと視線が下がっていく。
ここは考えてくれと言って一旦引き下がるべきか。しかし、もう会いたくないと言われれば交渉すらできなくなってしまう。
やっぱり私に交渉なんてできない……。
「いいわよ」
「え?」
その言葉に顔を上げる。
「本当に?」
「えぇ」
結論から言うとあっさり譲ってもらえた。
クラネスさんから聞いた話だとシルクはモモさんにとって大切なもので、簡単には譲ってもらえないと思っていた。
「はい、これでしょ?」
部屋のクローゼットから取り出した箱に入っていたのは、白いシルク。
「これはね、光に当てると透明になるの。クリアシルクって呼ばれてる」
そしてモモさんは二十センチほどのシルクを手に取り、明かりにかざした。
「ほんとだ、透明」
先程まで白かったはずのシルクが透き通っている。
その繊細な輝きに息を呑んだ。
「これには幸運を呼び寄せる力があるらしくて、一度はお店に飾ったの。だけど昼間は太陽の光で、夜はお店の照明に当たってずっと透明のままだから、誰にも気づいてもらえなくて。……見てもらえたのはアカリが初めてよ」
モモさんからクリアシルクを受け取った。
軽くて柔らかい。少しでも強く握ってしまうと壊れてしまいそう。
幸運を呼び寄せる力がどのようなものか分からないけれど、このシルクに例えると何となく分かる気がする。
「透き通ったシルクから目を離すとすぐに見失ってしまう、それくらい繊細で曖昧で掴めない」
「そうね、でも幸運ってそういうものじゃないかしら。本当は近くにあるのに、見方によっては見えなくなってしまう曖昧なもの。だからそれを見つけた時、特別に感じることができる」
私の零した言葉をモモさんは優しく掬い上げてくれた。
「私にとってこれはお守りみたいなものだった。私はね、私の作ったものを身につけてくれたみんなが幸せになれますようにって願いを込めて作っているの。今まで喜んでくれたお客さんももちろんいたけれど、アカリは特別だった」
「え?」
目を合わせた先でモモさんは笑っていた。
「昨日アカリの笑顔を見て自信がついたの。私にもこのシルクに負けない力があるんだって。だからもう必要ないわ!」
私の手に優しく触れていたモモさんの手が離れた。
シルクはここにあるもので最後。彼女にとってこれは、この店とお客さんとモモさん自身を繋ぐ特別なものだ。
「本当にいいんですか?こんな大切なもの」
そっと抱きしめるように言葉を紡ぐモモさんを見ていると受け取る側が遠慮してしまう。
「いいの。私がアカリに受け取ってもらいたいと思ったから。……言っとくけど、アカリの頼みだから譲るのよ。クラネスのためじゃないからね」
ここまで言われて受け取らないわけにもいかない。
私は落とさないように、両手で包み込んだ。
「ありがとうございます。モモさんの思いごと、受け取らせていただきます!」
今回ばかりはクラネスさんがいなくてよかったのかもしれない。
二人で過ごす時間は楽しくて、来週もお茶会を開くことが決まった。
「いつでも遊びに來てね」
「はい!ではまた」
モモさんは、この町で初めての友達になった。