「こんにちは」
「アカリ!いらっしゃい。実は昨日の夜に急ぎの注文が入って午後から作業をするの」
「それじゃあ、また日を改めましょうか?」
「少しくらい休憩したって平気よ」
店内を走り回っているモモさんの背中を見て、職人さんは大変なんだなと呟いた。
店は午後から閉めるとのことだったので、私はアトリエの隣にある部屋へ案内された。
普通の家の一室で生活用品は一式揃っている。ここがモモさんの家らしい。
テーブルには私の持ってきたクッキーとモモさんの入れた紅茶が用意された。
盛りつけるお皿によって、自分のクッキーがこんなにも豪華に見えるなんて思わなかった。モモさんの部屋にある食器棚を見ても、どれも高価そうで触れるのが怖い。
「いただきます」
モモさんがクッキーを手に取った。
「うん、とっても美味しいわ」
「よかったです。お菓子作るの好きなので、また何か作りますね」
それにしてもモモさん、昨日と比べて話し方が変わってるというか、雰囲気も柔らかくなってる気がする。
所作も美しくて、紅茶を飲む動き一つでそれが分かる。きっと育ちの良い方だ。言葉遣いも丁寧で、お嬢様みたい。
じっと見ていると「どうしたの?」と聞かれたので、私は訊ねた。
「あの、なんだかお店で話してた時と雰囲気変わりました?」
モモさんは、私の言葉に苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「ごめんなさい、本当はこっちが普段の私なの。このまま接客をしていたら話しにくいと思われたことがあって。できるだけ周りと変わらないように、立ち振る舞いを変えていたんだけど……変かしら?」
やはり立ち振る舞いが美しすぎると相手も緊張してしまうんだろうな。
通常のモモさんはお嬢様モードで、店ではキャラクターを使い分けている。どちらも魅力的だと思うし、人付き合いが苦手な私にとって、切り替え術は純粋に憧れる。
「そんなことないです!素敵です!」
しょんぼりしていたモモさんが笑ってくれた。
「ありがとう。なんだかアカリといると気が抜けて素が出ちゃうのよ。こんな風に話せるのはアカリくらいだから」
昨日の今日でそんなに仲が深まるようなことはできていないと思うけれど、モモさんがそう思ってくれているのは嬉しい。
「だけど周りに合わせて話すのがまだ苦手で、どうすればいいか分からないから、とりあえずなめられないようにしようって決めたの」
胸の前に手を持ってきて「よし!」と意気込んでいるみたいだけれど、その見た目で言われても説得力に欠けるかも。
ただただ可愛い。
「なめられないようにって、強気な態度をとるってことですか?」
「まぁ、そんな感じかしら」
確かに店では今よりも素っ気ない感じだったけれど、別に強気にならなくてもなめられないと思う。
クラネスさんの話をしていた時のモモさんは強気というか少し口が悪くなっていた気がするけれど、多分あれは無意識なんだろうな。猫を被っているようにも見えないし、これは怒らせたら怖いタイプだ。
その後もお菓子の話題やモモさんの仕事の話が続き、お互いの距離はかなり縮まった。