「これだけあれば十分かな」

 翌日、私はキッチンに立ってお菓子を作っていた。
 お菓子に関しては食べるよりも作る方が好きで、趣味特技の欄には決まってお菓子作りと書いている。

 甘い匂いに包まれたキッチンで焼き上がりを待つ。モモさんへのお礼は手作りのバタークッキー。

 多めに作ったし、クラネスさんにも持って行こうかな。

 今日は納期に追われているらしく一日部屋から出られないらしい。
 灯なら何とかなると根拠のない激励をもらったのは昨日。少しだけ自信はついていた。バレッタのおかげで。


 時間になりオーブンを開けると、湯気と共にバターの香りが広がった。
 うん、いい感じ。

 モモさんへ渡すものとクラネスさんへの差し入れ。残りは味見を兼ねて自分で食べる。

 「交渉……上手くいきますように」



 作業部屋の前まで来てドアをノックする。

 「クラネスさん、今からモモさんのところへ行ってきます。あと、クッキーを作ったのでよかったら食べてください」

 そう言ってドアノブに袋をかけた。
 クッキーは手を汚さずに食べられるように一つずつ包装してある。
 返事はないけれど物音はするので、作業に集中しているのだろう。
 そのままそっと家を出て、私は店へ向かった。