生き物には相性というものがあるから、初めは同性で年が近い者にしようと言われて訪ねたのは仕立て屋。
確かに異性や年上より話しやすいかもしれないけれど、いきなり正体不明の住人と話すというのもなかなか難易度が高い気もする。
「クラネスさんは入らないんですか?」
店の前に着くと、クラネスさんの足が止まった。
「あいつには好かれていないから今回は外にいる。何かあれば声をかけてくれ」
何かあればって、今日は相手がどんな人なのか見に来ただけなんだけどな。
呼吸を整えて店のドアを開けると、ドアベルがカランと鳴った。
仕立て屋・カーネット。
この店には経営者である店員が一人いると聞いていた。
落ち着いた雰囲気の店内には、種類豊富な生地・素材や手芸用品、色とりどりの洋服やドレスなど様々なものが並んでいた。奥にはアトリエらしき部屋も見える。
現代で仕立て屋なんて行ったことがなかったから少し新鮮かも。
「いらっしゃいませ」
声が聞こえて、アトリエの方から何かが来た。
あえて効果音をつけるならぴょんぴょん、といったところか。
「こんにちは」
ぴょんぴょんとこちらへ跳ねてくる。
よく見ると昨日のもふもふの人だ。薄桃色のボールみたいな。全体がふわふわに覆われていて、目や口も見えない。どこで喋っているんだろ。
「あ、えっと、私ここに来るのは初めてで」
私の足元で止まったもふもふさんに話しかける。
「あら、そうなの?」
もふもふさんは近くにあったイスへ飛び乗った。
表情が分からないからなんとも言えないけれど、可愛らしく弾むような声をしているので怖い人ではなさそう。
「ようこそ、仕立て屋・カーネットへ。私はモモ・カーネットよ」
モモさん、名前まで可愛い。見た目と声も相まって思わずにやけてしまいそうになる。
「アカリです」
「よろしくね。年は私と同じくらいかしら」
「十六です。モモさんおいくつですか?」
「十八よ」
私より二つ年上だ。このもふもふに年齢という概念があるのか分からないから、いまいちピンときてないけれど。
相手がもふもふしているからなのか、人ではないからなのか、難なく会話ができていた。
「今日はどんなものをお探しで?」
「実は最近この町へ来たので、色々と店を見て回っているところでして」
適当に考えた理由を告げる。
クラネスさんの名前を出すと、私の話すら聞いてもらえない可能性があると言われたからだ。
モモさんの目は見えないからどこを向いているのか分からない。それでも何となく視線を感じた。彼女は今、私のことを見ている。
何か考え込んでいるようにも見えたけれど、彼女はイスから飛び降りた。
「それじゃあプレゼントをあげるわ」
そう言って奥へと消えていった。
「せっかく来てくれたからお礼に髪留めを作ってあげる」
二人しかいない店内には声がよく響く。
「え!?そんな、いいですよ」
「気にしないでー、私が作りたくなっただけだから」
常連さんならまだしも、この世界の住人ですらない自分が受け取って良いのかと躊躇ってしまう。
すると、モモさんは手に材料らしきものを抱えて戻ってきた。
ん……?手に抱えて?
え、嘘でしょ……コンタクトの効果切れた?
目の前には、金色のハーフツインテールにマロン色の瞳をした女の子がいる。身長は私より低くてピンク色の可愛らしいワンピースを着ていた。
「アカリの好きな色を教えて?」
「……青系のものが」
私は必死に平然を装って答えた。
コンタクトの効き目は一日だと聞いている。この人は先程までのもふもふモモさんなのだろうか。
彼女は特に何も言わず、持ってきた物をテーブルに並べていた。
「そんな目を丸くするくらいなら聞けばいいじゃない。その姿どうしたのーって」
つまりこれは、そういうことだ。
「えっ、あぁ……触れていいのか分からず」
どうやらコンタクトの問題ではなかったようだ。
「一時的に人間になれる香水を貰ったのよ。見ての通りここは仕立て屋でしょ?あの姿のままだと作業しずらいから依頼したの」
そんな依頼を受けるのは一人しか思い当たらない、というか事前に香水のことを教えてほしかった。
「あれの腕は本物よ、悔しいけどね。ただ一つ文句があるとすれば、この姿。どう見ても十八には見えないでしょ?これは完全にあいつの趣味ね。あれはロリ好きなのよ……全く、これだからあの男は」
クラネスさんへの愚痴を零しながらモモさんは作業に取り掛かる。
確かにこの姿は中学生くらいに見えなくもない。
「実際私が依頼したのは作業をするのに適した姿であって、容姿に関しては何も言ってなかった。それでも普通、実年齢とあまり変わらないように設定しない?それだけが気に入らない」
私がモモさんからこんな話を聞いているなんて思っていないだろうな。おかげでクラネスさんがモモさんに好かれていない理由は分かった。
「見た目で結構印象変わりますからね」
「そうでしょ?だけど失敗作というわけでもないし、私がちゃんと伝えていればこんなことにはならなかった。私にも責任があるから、そこは何も言えないけど……だけどあいつ私の姿を見て、可愛らしいお子様だなってバカにしてきたの。その時、一生口利きかないって決めた」
これはもうあの人が悪いです。私の交渉が失敗しても文句は言わないでくださいって言っておこう。
そんなこんなでクラネスさんの愚痴を聞きながら待つこと数分。
「できた」
完成した髪留めを手に、モモさんは私の前へ来た。
「はいどうぞ、プレゼントだからお代はいらないわ」
渡されたのは青色リボンのバレッタ。小さめで横髪を留めるのにちょうどいいサイズ。真ん中には宝石がついていた。
「それはオパールよ。石言葉は希望。この町で過ごす時間が、アカリにとって良きものになりますようにって願いを込めて作ったの」
「今つけてもいいですか?」
「もちろん」
鏡を借りて出来立てのバレッタをつける。その瞬間、ふわっと力が湧いた気がした。優しい温もりを感じ、そっとバレッタに手を添える。
「ありがとうございます!これ毎日つけますね!」
嬉しくなって勢いよくお礼を言うと、モモさんは頬を赤らめて、ありがとうと微笑んでくれた。
モモさんは息抜きとして、こういった小物をよく作っているらしい。
細かい作業工程で息抜きになっているのか分からないと首をかしげた私に、落書きと同じようなものだと笑っていた。
彼女にとっての落書きが、今日から私にとっての特別なものになった。
明日プレゼントのお礼を持って来ますと約束をして、モモさんの店を後にした。
「どうだった?初めてのお喋りは」
店から少し離れたところにクラネスさんはいた。
「優しい方でしたよ。このままクラネスさんの名前を出さなければいけると思います」
「それはよかった。……なんだか店に入る前より俺に対する視線が冷たくなってないか」
「気のせいです」
私は目を逸らして歩き始めた。
そして後々のことを考えて、やはりクラネスさんの名前を出した上で交渉することになった。