曇り空の下、早くこの世界に慣れるため、私はコンタクトをつけて玄関先で町の様子を観察することにした。
通行人が多いわけでもないし、私の方を見る人もいない。それでも見慣れない迫力と、現実味のない景色にゾワゾワとした感覚に襲われ、尻込みしてしまう。しっかり立て!と自らを奮い立たせるのと同時に、後ろのドアが開いた。
「おぉ、そこにいたのか」
家から何かを持ったクラネスさんが出てきた。
「どうされました?」
一応クラネスさんには、慣れるための訓練をするということだけを伝えていた。それがまさか玄関先で通行人を眺めるものだとは思ってなかっただろうな。
「以前朝市で会った依頼者の女性がいただろ?その品を受け取りに来ると連絡があって」
「いつですか?」
私は食い気味に聞いた。
「もうすぐ着くと」
まずい。今はまだコンタクトをつけたまま至近距離で会うのは避けたい。
「すみません部屋に戻ってます」
ドアはクラネスさんの後ろにある。そのまま手を伸ばし、ドアノブに手をかけた。
「あら、今日もお嬢さんと一緒なのね」
この声には聞き覚えがある。あの日、クラネスさんに依頼していた人だ。
体は硬直しているけれど、私はタイミングよくクラネスさんの背中に隠れた。
「こちら、頼まれていた品です」
「ごめんなさいね、急なお願いだったのに」
「いえ、ステーヌさんにはいつもお世話になっていますから」
会話が進んでいく。
このまま何もしないでいるのも変に思われるかもしれない。せめて顔を見て挨拶くらいしないと。
息を吐いて緊張を鎮める。覚悟を決めた足に力を入れ、顔を覗かせた。
わぁっ……。
白い髪と白い肌。まるで雪を纏っているかのようなその姿に目を奪われた。
彼女は雪女。
怖いとか綺麗という表現はしっくりこない。代わりに、儚いという言葉が浮かんだ。
「こちらこそ、あなたがいてくれてよかったわ」
寂し気に笑う彼女がそう言った。
しばらくはクラネスさんの後ろに隠れていたけれど、顔を覗かせた際に彼女と目が合ってしまった。
「お名前聞いてもいいかしら?」
「アカリと言います」
私はちゃんと笑えているだろうか。
「アカリさんね。私はテライト・ステーヌよ。よろしくね」
ステーヌさんの繊細で瑞々しい声で名前を呼ばれ、思わず胸の奥が跳ねた。
「彼女には助手としてここに居てもらっているんです」
この町にいる間、私はクラネスさんの助手という肩書きで生活することになった。その方が町の人にも説明しやすいし、そばに置いておく理由にはぴったりだったから。
「素敵な助手さんが見つかってよかったわね」
話が終わると彼女は一礼して帰っていった。
「俺は部屋に戻るが、灯はどうする?」
ぼーっとしていた頭にクラネスさんの声が響いてきた。
「そうですね、私も少ししたら部屋に戻ります」
一人残った私は、通り過ぎていく人たちを見ていた。
改めて考えると、多種多様な種族の人たちが暮らしてる町も珍しいよね。何だか物語の中の交差点みたい。
各地へ行き来するための通過地点に当たるのがこの町で、そこには種族問わず様々なキャラクターたちがいる。そんな夢物語のような景色がここにはあるのだと妄想を膨らませ、町の捉え方を変えることにした。
そう思うと、なんだかこの場所も悪くないのかも。
すると視界に不思議なものが映った。
なにあれ……。
今まで見てきた住人は二足歩行なのに対して、あれには足がなく、歩くというより跳ねている。
ボールにしては跳ね方が常に躍動的で何か違うし、よく見ると薄桃色で、もふもふしている。
見たことがない、つまり伝説族?というかあれは……可愛い。
サイズもバスケットボールくらいで、衝動的に触りたいと思ってしまった。
まだまだ知らないことだらけだなと思いながら部屋へ戻った。