クラネスさんから預かった木箱を持って今は自室に一人。
まずは離れた場所から慣れていこうと部屋の窓から外を見ることにした。
コンタクトをつけてそっと下を覗き込むと、確かに人ではない何かが歩いているのが見えた。
二階からなので頭くらいしか見えていないけれど、その中には動物も混ざっていた。人に似た形をしている者もいる。
コンタクトを通して見えるのは、人間が見る夢に出てくるキャラクターたち。
彼らは動物族・妖怪族・魚人族・闇魔族・伝説族に分けられるようで、最も多いのが動物族。妖怪族は日本でもよく怪談話で語られるものに登場する者たちだ。魚人族は読んで字のごとく、魚のような顔立ちをしているが陸でも普通に生活できるらしい。闇魔族に当たるのは魔女や吸血鬼。伝説族は町でも珍しい種族が属しており、数は片手で数えられるほど。
基本皆二本足で歩き、両手を使うことができる。
そしてコンタクトをしていると、この世界の文字が読める。種族のことに関しては部屋にあった本で得た知識だ。
本来の姿が吸血鬼だからといって人の血を喰らうわけではないし、動物だから食べられるものが限られているわけでもないらしい。
「覚悟はいいか、有明灯」
自分の心に問いかけ、部屋を出て階段を下りる。
そのスピードはゆっくりで、リビングに入るとピタリと止まった。
私に気づいたのか、キッチンに立っていた人はこちらを向いた。
「えっと……シュベルトさん、ですか?」
視線の先には黒や灰色の毛並みに、黄金色に輝く瞳を持つ狼姿のシュベルトさんがいた。
身長は人の姿の時と変わらないし、声も変わらない。服も同じものを着ていた。
今まで一緒にいた人から名前を確認されるという意味深な状況だけれど、事情を知っている彼は優しく答えてくれた。
「あぁ、俺がシュベルトだ。よろしくな」
このやり取りは以前やったけれど、その時と同じように笑ってくれている。それが分かった瞬間、フッと体の力が抜けた。
「すみません、付き合っていただいて」
「気にするな。こんなことができるのは事情を知ってるやつくらいだからな。困ったことがあったら言ってくれよ」
本来の姿に慣れるには見知った相手からの方がいいと言われ、シュベルトさんに付き合ってもらっていた。
それを私に言ったクラネスさんの姿が見当たらない。作業部屋にいるのだろうか。
「もう平気なのか?」
後ろから声がした。
一度心を落ち着けて声のする方を向いた。
「あれ?クラネスさんだ」
何当たり前のことを言っているのかと自分でも思ったけれど、振り向いた先にいたのは、あの吸血鬼ではなくいつものクラネスさんだった。
「本当はコンタクトを外してから会おうと思っていたが、隠し通せるものでもないしな」
つまりコンタクトの不調ではなく、姿が変わっていないクラネスさんに秘密がある。
「他の者たちとは違い、俺は夜にならなければ本来の姿になれない。理由は分からないが、そんなやつは俺以外に見たことがない」
そういうこともあるのかと簡単に納得してしまった私に対して、彼はどこか不満そうにしていた。
「なるほど、ではクラネスさんはレアキャラということですね」
思ったことをそのまま言った私を見て、クラネスさんは一瞬唖然としていたけれど、その後すぐに声を出して笑っていた。
「どうして笑うんですか!」
今度は私が不機嫌になってしまった。
「レアキャラか……そういう表現をされると思っていなくてな。そう言われると聞こえはいいな」
「どういうことですか?」
ひとしきり笑い終えたところで、クラネスさんは話してくれた。
「この世に存在しない類いの者だから、自分は中途半端な奴だと思っていた。人間でも吸血鬼でもない曖昧な存在。だが灯がそんな風に言ってくれるのなら誇らしいな?」
自分の存在が中途半端だと思っていたから隠したかった。
普段の振る舞いを見ていても、周りに振り回されず我が道を行くような人だと思っていたから意外だった。
「そうですよ。だってかっこいいじゃないですか、二つの姿を持ってるなんて」
口にしたこの言葉は紛れもなく本心だった。しかし、その後の反応を見て私は後悔した。
「そうか、灯は俺のことを……」
クラネスさんが満足気に頷いている。自信を持ってもらえたのはよかったけれど、そういう勘違いをされるのは困る。
「やっぱり今のなしで」
この人、褒めると調子に乗るから今後思っても言わないでおこう。