家へ戻ると、一昨日と同じようにシュベルトさんがいた。
「話はついたのか?」
「はい、心配をおかけしてすみませんでした」
帰り際にクラネスさんから話を聞いた。シュベルトさんもエイトさんと知り合いだそうで、大方の事情は知っているとのこと。
「あの、これは」
テーブルにはできたてスープが置かれていた。それも一人分。
「何も食べてないんじゃないかと思ってな。寄ったついでに作ったんだが、食べられるか?」
朝起きてから口を湿らす程度の水しか飲んでいなかったからお腹は空いていた。
でもいいのかな。彼にここまでしてもらう義理はないはずだ。
「どうして……」
そんなことを考えている間に早く食べ物を入れろとお腹が鳴った。
「これも何かの縁だからな。遠慮せずに食べろよ」
その優しさに胸が熱くなる。
「ありがとうございます。いただきます」
スプーンで掬い、一口飲むと温かさが体中に染み渡る。
美味しいと笑みを零した私を見たシュベルトさんも笑ってくれた。
「本来ならこの世界にいるはずのない人間が、俺たちの存在を知るというのは珍しいことだな」
頬杖をついた彼が言うと、背後に気配を感じた。
「そうだな。おまけに、灯が異世界から来た人間であることを町の者に知られてはならない」
いつの間にか後ろに立っていたクラネスさんの方を向く。
「私、普通に町の人と話しましたけど」
堂々と朝市に出かけたし、クラネスさんの隣で数名と言葉を交わしていた。そもそも隠すつもりもなかった。
「問題ない。灯には今、透明なベールがかかっている状態だから」
「ベールですか?」
頭の周りを触っても何もないから、本当にあるのか分からない。
「ベールの効果は二つ。一つは、灯が異世界の人間だと気づかれないようにするもの。見た目に大きな違いはないが、人間味のあるものは消えている」
「人間味のあるものってなんですか」
「まぁ、オーラみたいなものだ。それともう一つは、町の者の本来の姿を見えなくするもの。ただし鏡の部屋では効果がない。あの部屋には特殊な力が働いてるからな」
エイトさんは、ここにいる者たちは皆、人ではない何かだと言っていた。恐らくそれが本来の姿。
ベールがあるにも関わらずクラネスさんの本来の姿が見えたのは、私が勝手に鏡の部屋に入ったから。
「本来の姿が見えていないということは、私が今見ている町の人たちは何なんですか?」
「人間の姿をしていたらこう見えるだろうという幻影が映るように設定してある」
この人、本当に何でもできるんだ。さらっと言われたけれど、結構すごいことやってるよね。もしかして他にも何かされてたり……。考えると怖いからやめよう。
とにかく今の私は、このベールに護られているということ。
自分の置かれている状況を理解したところでクラネスさんからある提案を持ちかけられた。
「二つ目の効果を無効にするアイテムを試してみないか?」
クラネスさんは意味ありげに笑っていた。
「それはつまり……」
「町の者たちの本来の姿を、受け入れる覚悟はあるか?」