家に戻ると二階にある部屋のドアを勢いよく開け、鍵を閉める。すると身体の力が一気に抜け、冷たい床へ座り込んだ。
気持ち悪い。吐きそう。泣きたい。助けて。そう考えていた頭にある人物が浮かんだ。
クラネスさんはどこに行った?
私が鏡の部屋で見たのは、知らない吸血鬼。
『見なかったことにしてもいい。だってあなたは何も悪くないのだから』
エイトさんは何を思って私にあの言葉をかけたのだろう。なぜ鍵を渡したのだろう。
見なかったことに……できない。あの時、私はちゃんと見た。私は知っていた。あの吸血鬼を。
ぶつかったと思ったら誘拐されて、話を聞いてくれなくて、研究好きで、私の作ったミルクティーを美味しいと言ってくれた人を忘れるわけがない。
あれは、クラネスさんだ。
床についた手を強く握りしめる。
私は俯いたまま、その顔を上げることができなかった。