「そうだクラネス。君から貰った時計の調子が悪くてね、ちょっと見て来てくれるかい?」
「全く、俺は便利屋じゃないぞ」
話の流れでクラネスさんは奥の部屋へと消えていってしまった。
顔に出してはいないけれど、できればエイトさんと二人きりになりたくなかった。
この人はクラネスさんとは違う怖さがある。だけどそれを言葉で表すのは難しい。
「灯さん」
優しく穏やかな声。名前を呼ばれ、私の右側へ座った彼の方へ視線を向ける。そこで綺麗な瞳と目が合った。
「悪かったね。あいつ、何も言わずに連れて来たんじゃないのかい?」
別世界の人間がここに来ることはよくあるのか、エイトさんも私の存在をあっさりと受け入れている。
「そうですね。でも後から説明してくれました。私は研究に使われるそうです」
少しの苛立ちを言葉に乗せて返事をした。
「怒ってもいいんだよ」
「私が何か言ったところで、聞く耳持ちませんから」
クラネスは昔からそうだよ、と笑っていた。
なぜだろう。ただ話しているだけなのに、エイトさんのペースに呑み込まれていく。
この人は今、何を考えているのだろう。
落ち着いた空気の中で、複雑な感情さえも攫ってしまいそうな冷たい熱を感じる。
「灯さんは、この町のことをどのくらい知っていますか?」
柔らかい風がそっと頬に触れる。
「この町の人たちは、夢に出てくるキャラクターだと聞きました。正直まだ理解できていませんが」
「それはいずれ分かりますよ。では、夢を見るのは好きですか?」
先程から質問ばかりされている。もしかして何か探られているのだろうか。
「まぁ、嫌いではないですけど」
夢に出てくるという話が本当なら、仮に嫌いでもはっきり嫌いですとは言えないだろう。
濁し気味に答えるとエイトさんは頷き、また質問をする。
「では怖い夢、悲しい夢を見るのは?」
冷や汗が背中を伝う感覚。嫌な冷たさを感じた。
私は焦っている?
人が見る夢は楽しいものばかりではない。私が最後に見た夢もそうだった。
手を伸ばしても届かない黒い影。私を置いていく影の夢を見ると寂しい気持ちになる。
だけど私はこの夢の話はしなかった。
「見たものによっては目覚めが悪かったり、翌日まで引きずってしまうこともあるので、できれば見たくないですかね」
どう答えていいのか分からず、一般的にはこうじゃないかと思う内容を伝えた。
「大抵の人はそう答えるだろうね」
優しく言葉を返してくれたけれど、どこか辛そうに見える。
「そんな夢に出てくるのが、この町の者たちなんだよ」
「え、それってどういう」
彼は曇りのある表情で軽く息を吐いた。
「夢に種類があるように、登場するキャラクターたちにも種類がある。楽しい夢なら可愛らしいものやかっこいいもの、理想の人物が現れる。反対に怖い夢や悲しい夢に出てくるのは、怪物や得体の知らない化け物、何かに追われたり、閉じ込められたり……。見た人に怖いと思わせる夢を見させてしまうのが、この町の者たちに与えられた役割なんだ。いずれもすぐに忘れてしまうものには変わりないけどね」
この町の人たちは人間が見る夢に出でくるキャラクターであり、見た人が怖いと感じる存在である。
ここへ来るまでに見てきた町の様子を思い出しても、そんな風には見えない。だって怖いというイメージとはかけ離れていたから。
「この町以外にも、夢に出てくるキャラクターたちが住んでいる町はあって、そちらでは楽しい夢を見せるために生きている者たちがいる。だが我々は違う。君が会ってきた者たちは皆、夢の中では嫌われ役になる」
怖いものを見せられたり、悲しませられるのなら"それ"を嫌ってしまうのは仕方がないのかもしれない。
でも怖いものは人よって違うだろうし、皆が怖がるとは限らないのでは……。
「灯さんは優しいですね」
一人考え込んでいると声をかけられた。
「どうしてですか?」
「私の話を聞いて、町の者たちのことを考えてくれている。そういう顔をしているよ」
「変な顔してました?」
心配になって訊ねると、エイトさんは優しく微笑みながら言った。
「悔しそうな顔」