ん?ちょっと待って。よろしくお願いしますとは言ったものの、何をよろしくお願いするの?

 部屋に戻り、冷静になって考える。
 話が綺麗に進んでいたから気にしなかったけれど、そもそも私ここに残るって言ったっけ。
 残る以外の選択肢がないのは分かっている。でも本当にこのままでいいのか、自問自答を繰り返していた。

 一ヶ月、帰れないんだよね。

 本当に?研究に必要な材料とか言ってたし、実は私を閉じ込めるための嘘だったりして。誘拐犯だよ?大丈夫?
 呑気に部屋まで戻って来ちゃったけど、材料ってことは髪とか血を採られるってこと……ないよね。

 クラネスさん、作業部屋にこもるって言ってた。もしかして逃げるチャンス?いやでも、知らない町を何の目的もなしに走り回るのは危険だ。

 自分を落ち着かせるために部屋の中を歩き回る。
 目に入った掛け時計は午後四時を指していた。部屋には夕日が差し込んでいる。

 そういえば、あんなに喋ったのは久しぶりだったかも。
 普段一人でいることが多いから、日によっては全く喋らないこともある。変な人と変な世界のせいで調子が狂ってしまったのか、なんだか疲れた。


 今日は休もう。寝て起きたら何か変わっているかもしれない。
 浴室の場所も聞いたし、クローゼットには可愛らしい刺繍が施されたものや落ち着いたデザインのものなど数十着のワンピースがあった。


 クローゼットの隣には本棚がある。一冊手に取って開いてみると、見たことのない文字が並んでいた。
 持っていたはずのスマホはなくなっていて調べることができない。
 この世界のことを知れば元の世界に帰るヒントを見つけられると思ったのに。読めない本を眺めていても仕方ない。

 夢なら自分にとって都合良く進むのにな。
 あぁそうか、夢だと思えばいいんだ。これから送る日々を長い夢だと思えばなんとかやっていけるかも。
 そんな根拠のない自信を理由に、私は本を戻した。