「俺はある研究をしていてな。詳しい内容についてはまだ話せないが、必要な材料を探すため君のいた世界に足を運んでいた」
「その材料は見つかったんですか?」
「あぁ、目の前にいる」
にこやかな笑顔を向けられた。嫌な予感しかしない。
「確認したくはありませんが一応聞きますね、私ですか?」
「そうだ」
即答だった。
この人はいつから私のことを狙っていたのだろう。昨日の熱のことを知っていて、小さい頃の私を知っていると言った。
もしかして生まれる前から……ますます怖くなってきた。
「なるほど。つまり私は見ず知らずの人の研究に必要な材料であり、異世界に連れて来られたせいで一ヶ月間は家にも帰ることができない可哀想な高校生、という認識でよろしいですか?」
「なぜわざわざ嫌味な言い方をする」
嫌だからに決まっている。
しかし、誘拐犯を心の中で責めていた私は重大なことに気づいた。
日本で一人暮らしを始めた私がいなくなったことに気づく人なんていない。このまま気づかれず、よく分からない世界で死んでしまう可能性もある。
最期に見るなら、もっと楽しい夢がよかった。
「おい、聞いているのか?」
その声で現実に引き戻された。逃避したって現状は変わらない。
「でもクラネスとお嬢さんが初対面ではないという可能性もあるんだ。これに関しては覚えていなくても無理ないと思うけどな」
「詳しく聞かせてください」
今はクラネスさんのことは無視しよう。そう思って私はシュベルトさんの方を見た。
「人間は眠っている間に夢を見るだろ?ここに住む者たちは皆、その夢に出てくるキャラクターなんだ」
夢に出てくるキャラクターが住んでいる?
言葉自体は簡潔なものなのに理解できない。
「つまりクラネスは、夢でお嬢さんと会ったことがあるんだろ。それにしても、何でもかんでも話すから確かに気持ち悪いわな」
「お前まで味方してくれなくなったら俺は誰を頼ればいい」
すごく重要なことをサラッと言われた気がする。私のことを知っている理由が、夢で会ったから?
私だって夢で会った有名人や知り合いはいる。でもそこで会ったから初対面ではないと言われても、説得力の欠片もない。
そもそも実際に会ったことがない一般人の私が夢に出てくるはずない。
夢というのは自身の願望から生まれたものや、記憶の中から作り出される幻覚。だから直近に見た作品に影響されて同じシチュエーションを見たり、現実では行けない場所に行けたりもする。その内容を目覚めた時に覚えていたとしても、記録しておかない限りはすぐに忘れてしまう。
仮に私が夢でクラネスさんのような人を見たとしても一日経てば忘れる。というかこの人が夢で見たのが私だという確証はない。それを夢物語と思わずに信じて私を誘拐している時点で、こちらが何を言っても聞いてくれない気がする。
というかなぜ夢で会ったことが私の素性を知っていることに繋がるのか。あー、考えるだけで頭が痛い。
一人考え込んでいる間に、テーブルに並べられていた料理は一つ残らずなくなっていた。